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8月29日〜31日

8月29日 2日目

迎えが来る。寝てないというと、ここは安全なのになんで寝てないんだと言われる。少しむかついた。そんなん知るか。とにかく眠いと訴えると、割と大きな家に連れて行かれる。でかいベットにシャワーのある家。とりあえず寝る。

ワークショップ
アイセックのメンバーに連れて行かれ、アイセックカルカッタの会合へ。違和感。彼らはサクセスしたいらしい。「サクセスするための7つの方法」みたいな本について勉強会を開いている。場違いな感じは最後まで。講師にイライラする。俺はアイセックのメンバーではない。

インド民家
サンディープ。アイセックのメンバーの家で一泊。一つのベットで二人でねる。とにかくシャワーを浴びてぇ。でもこの家にはあまり水の蓄えがないようなので、タオルで拭く。寝苦しい。

WWE
サンディープはWWEが好きらしい、ケンゾウが俺の高校の先輩だと告げると面白がっていた。俺はゲレロ一族とクリス・ジェリコが好きだと言うと、渋いと言われた。俺もそう思う。タジリも好きだ。プロレスにもグローバル化の波が押し寄せている。スフィンクスからマクドナルドが見えるのも面白いが、世界中みんなWWEを見ているというのもおかしな話。

8月30日 3日目

トレイニーハウスに行く。日本人に会った。ユウキという名前らしい。シャイで目を合わせてくれないが、いつものように話している内に仲良くなった。最後はいろいろと心配してくれた。とても心温まる経験だった。
行き先のNGOについてとても心配していた。流れに任せるととんでもない事になる、と。カルカッタのアイセックはあまり信用できないと。少し不安になる。

到着
電車で行く。カルカッタから二時間、ロキカンタブルへ。電車はとても良い経験だった。普通のインド人が乗る座席。日本の満員電車のようだ。凄まじく汚いが。みんなが俺の方を見ている。日本人が珍しいらしい。同行したインド人がとてもいい人だった。
到着。何人かが俺を出迎える。インド人と、欧米人。女の子もいる。花をもらう。しばらく歩いて、車に乗る。10分程行く。どんどん田舎へ。凄まじいところへ連れて行かれる事を覚悟する。到着、白い大きな建物。予想に反して、きれいで大きい。個室が与えられる。ベットだ。こんなに恵まれて良いのだろうか。俺は本当に運が良い。


8月31日 4日目
初日
VSSUについての説明を受ける。ここに来る前は自然保護団体をイメージしていた。実際はマイクロファイナンスを中心として、公共政策を総合的に実施するNGOだ。インドでは政府の力が地方まで行き届いていない。故に地方に目を向けると何もかもがまったく整備されていない。水道も下水道も、道も舗装も、トイレも衛生もなにもかもが。VSSUはウーロンの公共事業をマイクロクレジットによって得る余剰によって行っている。地方自治帯の役割を代行している。政府は様々な出所からのお金(例えば税金)を公共政策によって分配する機関であるとも言う事ができる。問題は中央政府から地方への距離がありすぎる場合、サービスが行き届かない場合があるという事だ。
インドはまさにその典型であり、VSSUがあるエリアはまったく公共政策が行き届いていない。人々の生活の質は、適度なインフラストラクチャーの整備と、十分な公共政策によって底上げされる。良い人生への多様な選択は、そこから行われるべきだ。VSSUはこのエリアの公共政策を政府に替わって行っている。どのような形で、地方の政治が発展して行くのが最も望ましいのか俺にはわからない。VSSUと中央政府がリンクして行く事による行政の発展も健全な形の一つなのかもしれない。

しかし、VSSUが環境団体では無いという事にはショックを受けた。せっかく事前に勉強をして来たのにこれでは肩すかしもいいところだ。アイセックは外国の研修先を紹介するため、情報の交換に少し難があるのかもしれない。事前情報は徹底してほしい。ふむ、しかしマイクロファイナンスか。これも運命か。
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by kakasi0907 | 2004-08-31 03:11

8月28日 一日目

出立
日本を発つ。駅に沢山の友達が見送りに来てくれた。自分はとても気が小さい人間で、ちょっと困った事があるとすぐ逃げようとする。インドに行く事も何度か断念しそうになった。TOEFLや学校の成績、面接、研修先の二転三転、飛行機のキャンセル、ビザ発行必要書類の遅れ、大使館との交渉。そんな時、自分の尻を蹴飛ばしてくれたのが友人たちの言葉だった。本当に感謝している。

成田エクスプレス
重たいトランクを抱え、階段を駆け下りるとちょうど扉が閉まろうとしていた。なんとか間に合う。
途中の駅で、ふいに外を先輩が横切る。俺を捜しているのか。すぐに扉から顔を出す。その瞬間扉が閉まった。あわてて引っ込める。走り出す列車を先輩が追いかけてくる。手を空に突き上げて何か叫んでいる。「グッドラック」
はは、わかりました、先輩。

空港
母と祖母と親戚が待っていた。荷物が重すぎる。飛行機に乗らないかもしれない。早急に荷物の削減を行う。なんとかなった。

飛行機
母と祖母に手を振りいよいよ日本を発つ。まずはシンガポールへ。二時間程気流の悪い場所を通過する。凄まじく揺れた。スチュワーデスが本機は順調に飛行中です、とアナウンスを入れるがかえって不安になる。後輩のPが飛行機事故は車の事故より確率が低い、と言っていたのを思い出す。不意に気が楽になる。それから先は逆に揺れが楽しくなる。

シンガポール空港
すばらしく美しい。世界一美しいかもしれない。乗り換えは簡単に終わる。港内の職員は無茶苦茶親切だった。いよいよインドへ。機内のトマトジュースがうまかった。

カルカッタ
カルカッタへ着く。まずは両替をする。物価がよくわからないので、とりあえず500ドルほど換える。これは失敗だった。凄まじい量の札束が出てきて焦る。財布から溢れるほど。手では持ちきれない。とりあえず、鞄のなかに生で押し込む。両替商が穴のあいた日本貨幣はないか?と聴くので、五円玉を渡す。コインをコレクションしているらしい。仲良くなる。いろいろとアドバイスをしてもらった。これから先は街の銀行で両替をすべきとの助言。そのほうが遥かに効率が良いとの事。参考になる。

アイセック
到着ゲートにアイセックのメンバーが待っているはずなので、行ってみる。いない。困った。時差の問題か?とりあえず、アイセックカルカッタのリーダーであるアナミカに連絡を試みる。つながらない。公衆電話の掛け方を間違ったか?

日本人旅行者
とりあえず外に出てみようとすると、出た瞬間に怪しい連中に囲まれそうになる。ヤバい、と思ってまごついていると先ほどの両替商と日本人旅行者が血相を変えて走ってきて、俺を空港の中へと引っ張り込んだ。とにかく、この時間帯に大金を持って外に出るのは危ないから空港の中で朝まで待てとアドバイスを受ける。日本人旅行者は木下さんと言い、同じ両替商で両替をしていた人だった。とりあえず状況を説明すると、国際電話で日本の担当者と話してみるのが良いのではないか、との助言をいただく。それが良い。木下さんは俺にスナックをくれた。こういうときはとりあえず食うべきであるとの事。

ネットカフェ
空港にネットカフェがあったので、とりあえず日本にメールを送る。日本語表示ができなかったので、アルファベットで書く。

空港の一夜
荷物が多いので、パクられる可能性が高い。ガードしていると、気になって眠れない。結局一睡もできなかった。
朝5時、日本では8時半になったので村井さんに電話をかけてみる。つながる。アナミカと連絡を取ってくれるらしい。9時くらいに迎えが来るとの事。。


空港の売店でミネラルウォーターを買う。15ルピー、30円くらいか?1リットル入りでこんなものか、安いな。(あとでわかった事だが、インドでの相場は20円らしい)

波乱
いきなり初日から波乱の幕開け。飛行機の中でいろいろと悪い状況を想像していたが、そのうちの一つがいきなり現実のものとなった。しかし、迎えがいないのは結構痛いな。そうとう疲れる。
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by kakasi0907 | 2004-08-28 23:49