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12月30日 インドで父を想う

8月から11月までの日記を転載する事を始める。
読み返してみると、いっぱいいっぱいだった自分に笑えてくる。

久しぶりに父と会話をする。といってもメッセ越しにだが。
津波の影響をとても心配していた。
自分は沿岸部に居ないので大丈夫であると伝える。
その後、父の同僚がJICAから委託を受けて仕事をインドで仕事をしているという事で、紹介してもらう事となる。
父と久しぶりに話ができて嬉しかった。

父とは様々な思い出がある。父は剣道の師範であり、息子である自分に厳しかった。
朝早く家の庭で、泣きながら父に打ち込む。竹刀を弾き飛ばされる。
汗と涙の味が塩辛く、記憶に残っている。

辛く、哀しく、敵意をむき出しにした思い出が沢山残っている。
しかし、幼い頃から剣道をしていた自分の体は他の人と比べて頑強で、
高々10年かそこらで解るものではないと言う事は百も承知だが、武道の精神性は自分の礼や規範に深く根付いている。
また、竹刀を通して伝えられた闘志や根性のようなものは、明らかに自分の性格を形作っている。
「武士道」も「葉隠」も自分にはいらない。そんなものを読む必要はない。
不文立字の教えが、既にこの胸の中にある。

そんな自分の個性は、古い考え方として時には他人との衝突の原因となり、
また時には友人と解り合う為の架け橋となり、あるいは新しい道を開くきっかけとなった。大学の三年間は特にその傾向が強い。
そんな衝突や理解の記憶は、本当に掛け替えのの無い思い出で、
開かれた道を今歩いている。

うまく言えないが、父には感謝している。
剣道を辞めると父に告げた時の顔が忘れられない。
とても寂しそうだった。
父も年をとった。これから先の人生で、自分は父に何が出来るだろうか。

げっ、恥ずかしい文章を書いてしまった。まさにインド酔い、いやブログ酔いか?
絶対に両親には公開できねぇ。
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by kakasi0907 | 2004-12-30 23:47

12月29日 年末は弱音

少し弱音が吐きたくなった。
年末は仕事ない/暇/特に行事ない/本も読み終わった/
カレーに少し飽きた/インドも冬になった/水が冷たすぎる/
シャワーが浴びれない/日本語が喋りたい/格闘技が見たい
おお、なんと情けない。インド滞在一ヶ月目と比べれば天国みたいな物なのだが。
暇なら勉強すれば良い。しかし、インドに来て以来勉強ばかりして居たような気がする。いざ教科書を開くと、何を今更という気持ちになってしまう。
何故年末まで勉強しなければならないのか、と。この年末を勝手に経済学ウィークと名付け、頑張ってはいるが。
体か頭を動かしていないと余計な事ばかり考え、些細な事を不満に感じる様になる。
年が明ければトイレ設置がスタートする。クライアント訪問も再開しよう。インドでしか出来ない事を、時間と体力の続く限り続けるのだ。
そうすれば、余計な事を考える暇は無くなるはず。

今日の新聞も、大部分が津波についてだった。
死者の数が増えている。
Andhra 104(30 missing)
Tamil Nadu 4500
Andamans 3000(7000 missing)
Kerala 150
インド本土から離れた島であるアンダマンでは、調査が遅れているようだ。

以下興味深い記事。
・死者の三人に一人が子供:自力でボートや木に掴まる事のできない年齢の子供が、多く犠牲なったとの事。
・少数部族に甚大な被害:諸島部には40から250人程の少数部族が多数存在し、多くが沿岸部で生活を営んでいた。
津波は彼らを直撃し、多くの死者を出した模様。中でも、文化的・生物学的に世界で最も他と隔絶した部族であるとされるSentinel族はその生存が絶望視されている、との事。
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by kakasi0907 | 2004-12-30 03:14

12月28日 地震と津波

オフィスにベンガル語の新聞と共に英字新聞が置いてある。
今日のトップは、「TSUNAMI:THE DAY AFTER」
昨日は休刊日であったため、新聞報道は一日遅れとなったようだ。

インドに置ける主な被災地はニコバリス諸島とタミルナード州。
ニコバリス諸島はベンガル湾南東に浮かぶ島。
タミルナード州は南東インド沿岸部の大部分を占める。
どちらも多数の漁村とビーチを持ち、津波の直撃を受けた模様。

インドにおける死亡者は現時点で3000、不明者は2000。
おそらくさらに増えるであろうとの事。
震源地から程近く、周囲を海に囲まれたニコバリスでの被害が大きかったようだ。

紙面の大部分が津波についてであった。未だかつて経験した事がない、という表現が目立つ。
インドだけでなく、被災国のほとんどに当てはまる事のようだ。
一面には、ビーチの砂浜に半身を埋めた子供の写真が掲載されていた。遺体である。
すがりつき、掘り出そうとする母親の姿と、その横に呆然と立ちすくむ父親の表情が印象的だった。

NGOの職員にも若干の動揺が見られる。
今日初めて被害の実態を知った職員がほとんどであった。
地方農村における情報伝達速度を垣間見、興味深かった。
自分の場合、インターネットを利用する機会が多い事から、比較的早く知る事ができた。
それでも第一報は日本からのメールであった。自分の安否を確認するメールである。
日本では災害発生直後から、映像が繰り返し繰り返し報道されているようだ。
情報伝達におけるテレビの効果の大きさを知る。
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by kakasi0907 | 2004-12-29 04:40

12月27日 髭とインフェクション

髭が伸びたので剃る。
鏡を見ると別人のようでびっくりする。
凶悪な犯罪者の様な顔が、少し童顔になった。

バングラデシュに行った際は、文化的な理由(宗教的な理由?)で皆口ひげを蓄えている事に驚いた。
インドも同様なのだろうか。髭を蓄えた男性がとても多い。
「リアルインディアンになる為には、髭をはやさなきゃ駄目だぜ」
と、以前イギリス人研修生に言われた事がある。

今朝の時点で、長さは約2センチ程。かなり目立つ。
別にリアルインディアンになりたいが為に伸ばしていた訳ではない。
自分は皮膚がそれほど強くないので、髭を剃ると血が出る。
その傷が化膿してしまうのが怖かった。
インドに居ると傷の治りが悪く、よく化膿するのだ。

そんなわけで、自分で髭を剃るのは避けたかった。
二ヶ月に一度清潔そうな散髪屋をカルカッタで捜し、髪と一緒に剃ってもらっていた。
髭に覆われたまま長い期間を過ごさねばならなかったが、まぁみんな髭生やしてるし、別にいいだろ。
そう思っていた。

が、昨夜の事である。
「その髭は剃るべきである」とあるインド人職員に言われる。
英語の解らない職員であった為、詳しい理由は聞けなかったが、自分の髭が彼の目には奇異に映ったようだ。
その後、そのやり取りを見ていた他の職員からも同様の事を言われる。
研修のためにインドへやって来た日本人が髭を生やす事の意味と、インド人が髭を生やす事の意味。
郷に居れば郷に従えと諺に有るが、安易な文化の模倣は少々軽率に過ぎる。
異国文化の許容範囲を勝手に勘違いして、その中でふらふらしていた自分は少々滑稽だった。
その場で髭を剃る事に決めた。

ひげ剃りを念入りに消毒し、慎重に剃る。
が、結局血が出た。
しっかり消毒をしておく。
どうか、化膿しませんように。
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by kakasi0907 | 2004-12-28 04:33

12月26日 腹痛と地震

腹の調子が戻らなかったので、島に行くのをやめにしてもらう。
残念だったが、ムリはしない事に決めていた。
が、結果的にこれはラッキーだったのかもしれない。

朝、やけにベッドが揺れる。
寝ぼけているのかと思ったら、建物自体も揺れている。
夢?
いや、地震か。でかいな。
ぐわ、やばい。建物がきしんでる。
よし、逃げよう。
とりあえず外に出ようとすると、揺れは止まった。

午後、母からメールがあり、南インド沿岸部で大きな地震があった事を知る。
安否を問うメールに少し戸惑う。
死者が多数出たらしい。シャレになってない。
日本ではどのように報道されているのだろうか。

津波か。
研修先の第一希望は南インドだった。少し複雑な心境だ。
そういえば、NGOを出たイギリス人が南インドのビーチにいるはず。
大丈夫だろうか。心配だ。
実は、自分も一緒にビーチへ行く予定だった。
不謹慎な話だが、行かなくて良かった、と心から思っている。
彼からの連絡はまだない。
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by kakasi0907 | 2004-12-27 04:47

12月25日 国への誇りと観光

自分の国に対する悪口を聞くと、腹が立ってしまうのは何故だろうか。
自分と国とをどこまで同一視するのが正しいのだろうか。

インドにいるのだから当たり前だが、毎日インド人と話している。
時折、そんな感情がお互いの中にあるのを感じる。
お互い英語で話しているから、そんな感情を隠しきれないのかもしれない。

正直、自分の国を誇る事には抵抗がある。
しかし、気がつくと日本の良いところをインドの悪いところと比べて話している自分が居る。
英語の拙さに原因があるのかな?

コミュニケーション上の問題を解決するためだけなら、誇りすぎず、また卑下しすぎなければ良い。
しかし、もっと根本的な整理が必要な気もする。


そういえば、明日はベンガル湾にあるシャゴールという島に行くと言う。
船だ。クルージングだ。朝6時に起きろと言われたが。
うん、腹が治っていると良いな。
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by kakasi0907 | 2004-12-26 04:32

12月24日 二人の老婆

一ヶ月前の事だ。
スペイン人のお尻にできものが出来たので、カルカッタまで薬を買いに行った。
症状を店員に言うのが恥ずかしいというので、俺とイギリス人が代わりに訪ねた。
情けない奴だ。まぁそんな事はどうでもいい。

薬が出て来たので後をイギリス人に任せ、俺は薬局の外で時間をつぶす事にした。
夜10時、女性旅行者は外出を止められる時間帯。辺りは暗い。
ふいに、誰かに袖を引っ張られる。
引かれた方向を向くが誰もいない。
気のせい?いや、視界の下から声が聞こえる。
「だんなさま」
腰の曲がりきった、薄汚れた老婆が足下にうずくまっていた。
真っ黒でしわくちゃの顔に、黒い歯茎。
灰色を通り越して、黒くなりかけているぼろ布を纏っている。
裸足だ。
「だんなさま、お金をめぐんでくだせぇ」
そういって足にしがみついた。
体が凍り付いた様に動かない。
そんな自分を見たスペイン人が、彼女の手に50ルピー札を握らせた。
老婆は地面を這うようにして街へ消えて行った。

今朝の事だ。
新聞を求めてオフィスの受付に行くと、老婆が居た。
御年109歳。村の古老である。
腰は直角にまがり、顔はしわに覆われている。
赤い歯茎に、少し残っている歯。
白く美しい布を纏っている。清潔そうだ。
受付の職員は恭しく彼女を迎え、上等のチャーイを出した。
尊敬されているようだ。
チャーイを飲み終わると、職員は彼女にいくつかのお菓子を渡し、出口まで手を引いて送って行った。
はるか広がる田畑の中を、腰を曲げた老婆は悠然と歩いて行った。

なんだ、これは。
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by kakasi0907 | 2004-12-25 04:50

12月23日 寄付と功利主義

農村にトイレを設置するために寄付を集めている。
集め始めてしばらく経つが、現在学生からの寄付だけで2万円以上が集まった。
また、学生以外からの寄付もでに5000円程集まっているので、近く3万円を超えるかもしれない。
寄付をしてくれた人々には、本当になんと感謝していいかわからない。

当初の目標は、トイレを一つ設置する事だった。
沢山の村人の中から設置対象を2家族まで絞り込んでいたが、もうこれ以上どう絞り込めばいいのかわからなかった。
何を拠り所にして、何を選択の基準にすれば良いのか。
「NGOの活動はそんな選択の連続だ。多分君はこれからもこのような活動に関わるつもりだろう。ならば、決断を下さなければならない」
悩む俺を見て、農村開発担当のインド人が言った。

トイレは約一万円で設置できる。二万円がすでに集まった今、選択をする必要は無くなった。
しかし、実は既にトイレを周囲とシェアする事を申し出ていた家族に決めていていた。
どこか、費用対効果を考えてしまう自分がいた。

なんか、功利主義っぽいな。
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by kakasi0907 | 2004-12-24 02:18

12月22日 眠気と朝食

投稿しようとしたら、メンテナンス中との表示が出た。
日本時間で朝6時から再開となっていた。インドでは夜2時半だ。
なんとなく、毎日更新する事への執着から夜更かしする事に。
しかし、気がつくとパソコンの前で寝てた。
朝ご飯も食べそびれてしまった。

ここインド農村部のネット環境は非常に悪い。
かなりの頻度で回線が切れる上に、非常に遅い。
また停電も頻発するため、大きなファイルをダウンロードする事は難しい。
外部、あるいは外国と連絡を取る事が多いNGOにとって、この事は大きな問題だ。

そういえば、以前インド地方政府の役人にインタビューした事がある。
インドの地方行政は、あまり発展していない。
農村部や、地方マーケットへはサービスが届いていないのが現状だ。
問題点について聞くと、中央政府とのコミュニケーションに難があるという。

インド都市部における情報産業の発展は著しい。
技術的格差が、地域間の経済的な格差をさらに広げるかもしれない。
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by kakasi0907 | 2004-12-23 16:28

12月21日 苦痛と選択

昨日に引き続き腹痛に悩まされている。
インドに来て以来様々なタイプの腹痛に襲われたが、今回は15分に一度の頻度で猛烈に痛むタイプ。
胃腸を雑巾のようにぎゅっと絞られているような痛み。
日本で市販されている腹痛薬は、インドの腹痛には効かない事が多いようだ。
自分もインドに来るにあたり数種類の腹痛・下痢止めを持参したが、一つとして効かなかった。
もちろんインドで市販されている薬は効くのだが、自分が居るような農村には流通していない。

薬の流通不足は地方農村における大きな問題の一つだ。
傷の化膿を防ぐ為の消毒液すら不足している。
また、仮に薬が存在していたとしても、値段が高い事から貧困層は手に入れにくい。
以前、NGOのオフィス清掃を仕事としているインド人が足を怪我したので、
日本から持って来た消毒液を使い、バンドエイド数枚を提供した事があった。
それ以来彼の紹介で、オフィス内の怪我人が消毒液とバンドエイドを求めて自分の部屋を訪ねてくるようになった。
これまで何人かに薬を分けたが、このままでは自分の為に使う分が無くなってしまうので、次からは断らなければならない。

少し辛い。
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by kakasi0907 | 2004-12-22 04:19