<   2005年 01月 ( 28 )   > この月の画像一覧

1月30日 アキレス腱

朝起きると、右アキレス腱に痛みがある。
ここ数日かなり歩いているが、整理体操をやっておくべきだったかもしれない。
インドに来て以来、いくつか病気や怪我をしたが、経験によって防ぐ事が出来る物が多かったと思う。
途上国での長期滞在は初めてで、経験的な知識の無さからあちこち病気や怪我を負い、かなり体にガタが来てしまった。帰国後オーバーホールをする必要がある。
途上国では傷の治りが悪く、医療へのアクセスに障害があるため、予防が重要であると思う。ワクチンなどの接種によって予防出来るものも多いが、やはり経験による予防、つまり同じへまはしないというという事が大きいと感じる。
おそらく、途上国に長期滞在をする機会は、これで最後ではないだろう。(そうであって欲しい)次はもっとうまく生きる事が出来ると思う。
研修期間は最長で二年で、自分は可能な限り長く行こうと思っていた。ビザ等の手続き的な事情で約七ヶ月程の研修となったが、いきなり超長期にしなくて良かったかもしれない。本当に体がおかしくなってしまいそうだ。

今日は朝からガッベリアに行く予定だったが、アキレス腱の痛みから取りやめにした。農村の道は悪く、右足を庇って歩く事で他の部分を怪我してしまうかもしれない。以前肘を怪我した時は、肘を揺らさない様に歩いた為、右膝・左足首を連続して怪我した。
少し暇になってしまうが、仕方が無い。

昼、VSSU(ウチのNGO)が現地の同業者に対して行っている、マイクロファイナンスの研修会に呼ばれる。一昨日書いたインド人たちが参加している研修だ。
今日が最終日と言う事で、交流の機会が欲しかったようだ。
どういった経緯でそうなったか解らないが、研修生一人一人と一枚ずつ写真を撮る事になった。
情けない話だが、足を自由に動かす事が出来ず、自分は少し苛立っていた。
動物園の動物になったような気分がして、ひどい表情になってしまった。
考えてい見ると、これはとても勝手な考え方だ。研修前半期、自分は多くの貧困層を訪問したが、自分こそ彼らを動物園の動物のように扱ってはいなかったか。
少し後悔した。

写真の後、少し歓談をする時間があった。
研修生の何人かは英語が喋れるようで、しきりに自分に話しかけてくる。
以前から思うのだが、英語が喋れ聞き取れる事・英語の読み書きが出来る事と、英語でコミュニケーションがとれる事は少し別の問題である様に思える。
英語のうまいインド人・下手なインド人共にたくさん出会ったが、英語は下手でもコミュニケーションが上手な人が居た。
今日の彼らは、外国人と話す事に興奮しているのか、文章を口から発する事に躍起で、相手に理解してもらおうという気概を全く感じなかった。
インドに来て間もない頃の自分を思い出す。
何も焦る事は無い、アフリカ滞在経験の長いイギリス人研修生は会話の中でそう教えてくれた。
自分にはまだそれを伝えられる程の余裕はないかな。

夕方、オフィスの入り口付近に騒ぎが有ったので見に行く。
何かをわめくインド人が何人かの職員に取り押さえられている。
精神に障害があるのだろうか。
滞在前半期に訪問した貧困層の中に、精神障害者を抱えた家族が何組かあった。
働き手が精神障害者となり結果的に貧困に陥った家族と、もともと貧困にあったが精神障害者を抱える事により、貧しい生活を強いられる事になった家族が居た。
費用の問題から治療を受ける事が難しい彼らは、働く事も出来ずただ家の中に隔離されていた。
なんらかの手段で適切な治療か職業訓練を施す事が出来れば、彼らとその家族の生活を改善できるのでは無いかと感じた。
しかし、今目の前にいる人間は、果たして働く事が可能なのだろうか。職員の言葉が全く聞こえない様に、暴れまくっている。
自分にはそういった病に関する知識が全くない。一体どこからどこまでが治療可能で、社会復帰を試みる事が出来るのか。幸い知っている人間に聞く事は出来る環境に居るため、日本に帰った後聞いてみたい。
そういえば、身体障害者についても全く同じ事が言える。身体障害者に対する職業訓練は、どういった分野の知識が必要なのだろうか。

と、そこまで考えたところで、彼はただの酔っぱらいだという事が判明した。ちょっと恥ずかしい。それにしても一体何故こんな農村にアルコールがあるのか。
どうやら、こっそり売っているところがあるらしい。
そう言えば以前訪問したマーケットにも、表向きは服屋だが、こっそりビールを売っている親父がいた。宗教上の理由から飲酒にあまり寛容ではない、と職員が教えてくれた。ただ、牛肉と同じで食べる時は食べるし、飲む時は飲むようだ。

夕方、我慢出来ず自転車でバス停に行く。歩いてないから大丈夫だろう、と決めつけた。
バス停に着く頃にはあたりも暗くなっていた。やはり、昼間とは違った顔がそこにはあった。仕事を終えたリクシャー乗り達や、都市から帰って来た労働者が交差点に集い、にぎやかにチャーイを飲んでいた。
数えられる限りで、だいたい50人程か。昼間よりも人が多い。
早朝に見られるような、生鮮食品を売る人々の姿は見えず、代わりに少し怪しげな人たちが闊歩している。スピーカーのついた車から奇妙な音楽を流している集団は、タイガーバームの行商達だった。
そういえば、近くの市場には盗賊団が存在するらしい。以前訪問したクライアントの中に、元盗賊団員が居た。マイクロファイナンスは貧困削減のツールとしてだけではなく、犯罪者の社会更正・売春といった職業に就かざるを得なかった人々への救済・崩壊国家における復興支援・平和構築における兵士の社会復帰、と言ったスキームにおいて応用が可能だと思った。
自分は少し、クライアントを厳しく選別するVSSUのマイクロファイナンスに反感を持っていた。なんとも子供じみた感情だが、なんだ本当の貧困層には手が届かないんじゃないか、と思っていた。この反抗心は、トイレをVSSUのクライアントでは無い人々の家に作ろうと考えた事に、少なからず影響を与えていると思う。
VSSUの職員達は、貧困層をどうにかしたいのではなくて、自分達が発展したいだけではないのか。結局富裕層を富ませるだけではないのか。そんな風に思えて仕方がなかった。実際はそんな事は無いのだろう。彼らだってなんとかしたいとは思っているはずだ。対象に出来ない貧困層は存在してしまうけれど、出来得る限り最善のアプローチを継続して行い、少しづつ貧困を削減する。やはりマイクロファイナンスのNGOにとって持続性は極めて重要な要素であり、そこに重点を置く(置いていると思う)VSSUのシステムは極めて有効なものだ。
バス停でそんな事を思った。

オフィスに帰ってそんな話をすると、日本に帰った後いつでも経験を積みに来ても良いという申し出を受けた。その場合、普通の職員と同じ仕事をしてもらう事になるだろうとの事。ただしある程度ベンガル語は学んで来てくれとの事だった。
これから先どうなるのか解らない。大学院に進むかもしれないし、就職するかもしれない。ただ、一つの選択肢として、マイクロファイナンスに必要な+αを大学院で学びながらここで経験を積むのも良いかもしれない。
今は目の前にある事に集中するけれど、覚えておこう

唐突だけれど、最近、いつか自分も死ぬ、という事を考える事が多い。
自分の意識が消えてしまった後も世界が続いて行くと想うと、そして世界に関わる事が出来なくなると想うと、とても寂しくなる。
自分が存在しない世界を考える事が出来なくて、そこに未知の恐怖を感じている。
同時に、たぶん今も昔も大昔も、みんな同じ事を考え、生きて、はかなく死んで行ったのかと想うと、不思議な温かさを感じる。
不思議だ。

感じた事が、言葉になってしまった。感じた事が固まって、コトリと地面に落ちたような感覚がある。本当に不思議だ。
禅の世界には、言葉にすると逃げていってしまうものが存在すると言う。
このような事を言うのだろうか。

今日は奇妙な事を書いてしまった。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-31 01:22

1月29日 街2

朝起きたつもりがもう昼だった。何故だ?
こんなに寝坊したのは初めてだ。確かに昨日はかなり疲れたが。
特に時間の決められた仕事が無くて良かった。

朝からガッベリアに行くつもりだったが、仕方なく昼から行く。
徒歩で片道20分程かかった。午後二時に到着。
その時点でバス停には10人余りの人が居た。バスを待っている人が数名、休んでいるリクシャーワーラーが何人か。バス停であると同時にリクシャーの中継地点であるようだ。バス停の向かい側に自転車修理工が店を構えていた。
交差点の東西に伸びる道路は太く、バスが行き交う。コンクリート作りのバス停に寝転びながらチェックした限りでは、15分に一本の頻度でバスがやってくる。
バスは人であふれそう。屋根の上も座席として考えられているようだ。以前乗った際は屋根の上に乗ったが、非常にスリリングな体験だった。
このバス停で降りる人はそれほど多くない。乗る人は多かった。午後五時まで留まったが、時間帯の問題かもしれない。

二時間くらい観察した後で、衝動的にバスストップ周辺の状況をチェックする事を思い立つ。
交差点の東西に伸びる太い道路にそって店と家屋が立ち並ぶ。アスファルトで舗装された道の幅は約8m程。両脇の各7mは地面がむき出しになっている。道の脇は広大な田畑が広がり、道が田畑の海を渡る橋の様に感じる。
家屋群の西端から一つ一つチェックをする。東へ向かって右側から。油屋、家屋、交差点、バス停、リクシャー停留所、薬屋、診療所、小食堂、雑貨屋、チャーイ飲み場、そこから60m余りいくつかの家屋。このまま西へ進むと、国鉄の駅があるロキカンタプルに着く。駅へ近づくにつれ、建物が多くなって行くのが解る。
東に向かって左側は、家屋群と自転車修理工、そしてトイレのタンクを作っている工房、レンガ工房があった。工房は縦に長く敷地を持っている。
西から東へだいたい2、300m余りがバスストップ周辺のマーケットと言ったところか。チェックしながら数えた限りでは、少なくとも50人程の人が居た。
メートルは歩幅で測ったが、一歩・二歩とぶつぶつ言いながらインドの辺境を歩く日本人の姿はさぞ奇妙に映っただろう。

チェックを終えるとトイレに行きたくなる。トイレを捜そうとして、ああ、あるわけない、と気がつく。俺が作ろうとしているんじゃないか。
その辺でしちゃおうかと思ったが、それでは本末転倒。おとなしくオフィスへ戻る事にする。

ガッベリアはやはりそれほど規模の大きい地域では無いが、人数的に悪くはないと思った。
朝昼夜と違った顔を持つマーケットが多いので、明日は朝出かけてみたい。おそらく魚等を売る人たちが居るはずだ。

オフィスへの帰り道、以前ここでも書いたNGOウェルフェアの前を通る。
門の前でじっと立っていると、オフィスの中から招く手がある。
それはアマン氏だった。そうか、こっちでも仕事をしているんだ。
ウェルフェアについて知りたいと思っていたので、これは理想的展開。
とりあえずトイレを借りて、さっそく職員に話しを聞く。
まずはオフィスを一通り案内してもらう。建物が新しい分だけ設備は良いように思う。子供たちの為の公園と、病人の為の救急車があった事が印象深かった。
仕事の内容を聞くと、VSSU(ウチのNGO)と全く変わらない、という部分を強調された。聞いた感じも確かに変わらないと思った。
少し規模が小さいだけか。クライアントの選別の基準が違ったりするんじゃないか、とか期待していたんだけれど。人的問題で分裂しただけのようだ。
同系統のNGOが一つの地域で競合するという事は、良い事なのか悪い事なのか。
マイクロファイナンスの商業化が報告されているが、商業化が良い事であるのか悪い事であるのか結論が出ないと解らない。アジア開発銀行等は商業化の傾向を期待しているようだ。
健全な金融インフラの確立と持続性を考えたら、商業化は実に望ましい事だが、それによって対象から外れてしまう貧困層が出現しはしないだろうか。

明日は朝からガッベリアへ行きたい。おそらくシッディベリアの結果も届くはずだ。寝坊しない様にしよう。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-30 02:23

1月28日 街

昨夜友人とメッセをした。ここしばらくトイレ設置に熱中していた為、メッセにサインインする機会があまり無かった。オフィスには二つの電話線があるが、うち一本が事故により使用不可能になった事も影響している。
会話の中である友人がこのブログを読んでいるという事が解った。このブログにはアクセスカウンターやアクセス解析といった物がないため(可能なのかもしれないが付け方が解らない)、一体何人くらいこのブログを見ているのかさっぱり解らない。
ただここに一日にあった事を整理し書き記すだけでも十分な意味があるが(日記における正直さが生活をより正直にした)、初めて内容にコメントを頂いて以来、人に文章を見てもらいリアクションをもらうという事に新鮮な感動を覚える様になった。
それは新しい感覚で、自分のインドでの生活に大きな影響を与えた。しかし、同時に「この文章は果たして本当に読まれているのか?」という感覚に常に囚われる様になった。
忙しくない時は時間が許す限り読みやすい文章を意識する様になったのは良い事だが、誰にも聞こえない声を空気の無い空間の中でただ叫んでいるような錯覚を常に抱えている。
果たして誰がこの文章を読んでいるのか、そしてその人間が何を思ったか。
それを知りたいという狂おしい欲求がある。

今日は予定通りママ氏と各バスストップを廻った。
目的は二つ目のトイレを設置する場所を選ぶ事で、その為には周囲のショップキーパーのトイレ設置に対する意識の確認と、設置・管理への協力の意思確認、そして設置できる土地の有無を確認する必要がある。
最初はシッディベリヤという中規模のマーケットから。
まずVSSU(ウチのNGO)のクライアントの店を廻る。ある程度の預金を済ませないとクライアントになる事が出来ないため、比較的繁盛している=マーケットの人々に顔が利く店が多い。
彼らに公衆トイレを設置したいと思っている事を告げ、いくつか質問をした。周辺の住民が集まり即席の井戸端会議のようなものが始まった。質問の中で、トイレを設置したいという意識がある事は確認出来た。そして土地も有った。マーケットから橋を挟んですぐの所に絶好の土地も確認した。しかし、設置・管理への協力の意思が少し低かった。
土地の所有者はクライアントの一人で、トイレを作る為にこの土地を使う事は良い事だが、なんらかの対価・所有者である自分のメリットが必要であると述べた。なるほど、それは確かに自然な事だ。彼はビジネスの為に土地を所有しているのだから。
しかし、自分にそんな対価を払うだけの余裕は無い。あるいはトイレの使用を料金制にする事も考えたが、それでは貧困層のアクセスに障害が出るだろうし、金を払うくらいなら外で様を足す人が多くなりそうだ。
マーケットのショップキーパーたちの協力によって土地が用意される事が理想だが、彼らの話を聞く限り少しそれは難しそうだ。ママ氏も次の候補地へ移った方が良いと思うとの事だった。
シッディベリヤには小規模で原初的だがショップキーパーの組合が存在した。その中で長的な役割を果たしている人間の一人と話す事が出来た。彼は退職した公務員でマーケットの人々の信頼を集めているそうだ。公衆トイレを設置したいという事を話すと、二日待ってくれ、と言われる。組合で協力を呼びかけてみてくれると言う。
ママ氏曰く可能性はあると思うとの事。シッディベリヤを訪れる人は多い。ここにトイレを設置出来れば効果は大きい。二日間待ってみる事に決めた。

シッディベリヤに設置出来れば理想的だが、協力を得られなかった場合の事も考える必要がある。
そこで第二の候補地であるガッベリアに向かう。ガッベリアはマーケットというよりも、バス停のある交差点に雑貨屋や食堂が集まったパーキングエリアのような土地。VSSUのオフィスから程近く、バス停にはVSSUによって建てられた屋根のある待ち合い場所のような物がある。
ほとんどの住民がVSSUと関係を持っている事もあり、彼らは非常に協力的で土地もすぐ決まった。バス停のすぐ横で交差点の交差部にあたる土地。良い場所だと思う。
シッディベリヤと比べると訪れる人の数は少ないが、十分候補地として考えられると思う。できればVSSUの掌の上から離れた場所にトイレを設置したいと考えていたが、それは少々贅沢だったかもしれない。

最後に第三の候補地であるロキカンタプルに向かうが、鉄道駅の存在するこのマーケットは大きすぎた。また、大きいにも関わらず組合が存在しないため、協力を請う事が非常に難しいという事が解った。
自分の活動によってこのロキカンタプルにショップキーパーの組合が萌芽したらそんなに最高な事はないが、それにはまだまだ自分が未熟すぎた。
残念ながらロキカンタプルに設置する事は見送った。

村にトイレを設置する際も選択には大きな困難が有ったが、それとはタイプの違う困難に直面している。
コストパフォーマンスの問題からできればシッディベリヤに設置したいと思っている。しかし、現実的に考えるならばガッベリアになる可能性は高い。
その事を考えると自分を納得させる必要性を感じた。二日間余裕があるが、その間可能な限り長い時間をガッベリアのバス停で過したいと思う。村に設置した際も同様の事を、何度も村を訪問する事によって行った。
一体どのような人がそこを利用するのか、一日に何人の人が通るのか。そのレベルから知って行きたい。

ママ氏との帰り道、二つ程面白い話をした。

マイクロファイナンスは地方に健全な金融機関を確立する事を通して、高利貸しの問題を解消する意味合いを持っているが、実際にクライアントを廻ってみると不思議な事に高利貸しをしているクライアントが居る。
今日シッディベリヤで有ったクライアントの一人も金貸しだった。ママ氏の話によると融資をし始めた頃はただの自営業だったが、儲けが大きくなるに連れて他の人間に高利子で金を貸すようになったと言う。
NGOは職業選択まで口を出す事は出来ないからどうしようもないが、実に奇妙な関係である。

自分が今いる村にはVSSUの他にもう一つマイクロファイナンスのNGOがある。ウェルフェアと言うNGOだが、このNGOはVSSUから分裂する形で出来た物だと言う。
分裂の経緯を聞くと、どうやら組織運営の点で意見の食い違いがあったらしい。
VSSUのリーダーであるカピラは、NGO創立8年を期に、組織をよりシステマティックで職員に時間的拘束を要求する物に変えた。
仕事の規模が大きくなった事からしょうがない事であると自分は思うが、ウェルフェアの職員はその変革に反目し自分たちのNGOを設立したそうだ。
現時点でVSSUは一万人以上(累積では三万五千)のクライアントを抱え、社会開発のセクターにも手を出しているが、ウェルフェアは三千人に留まっている。

夜、研修に来ている地元のインド人と話す機会があった。
なんやかやと色々聞かれたが、イギリス人とスペイン人が居た頃に比べて英語がパッと出なくなっている事に気がついた。少し残念だ。
話しの流れで、英語でいくつかのフレーズを話した後日本語に訳して欲しいと頼まれる。自分がインドに来た動機などを英語で説明した後で同じ内容を日本語で言う。一体何の意味が有るのか解らなかったが、日本語もパッと出なくなっている事に驚いた。特に発音がおかしい。書くのは自由自在なのだが。
日本語も英語も不完全な人間。ちょっとそれはイヤだ。代わりに言葉の全く解らない生活空間でも何とかかんとかやって行くバイタリティは明らかについたが。
今日も改めて認識したが、英語が母国語で無い国での国際協力はバイタリティが重要だと思う。繰り返し繰り返し何度でも確認し、相手がイヤな顔をしようがしつこいまでに質問し、それでも信用出来なければ直接現場に行ってみる粘り強さ。そういう根性とか気合いとか闘争心が必要な気がした。さもなくば現地人の生活に根ざした生命力に押し出されてしまうだろう。

研修に来たインド人はフレンドフレンド、と何度も強調していた。なんとなく、もっと自然に友達を作る事が多いので、そう強烈に押し迫られるとちょっと困ってしまう。
控えめに小声で「もし良かったら友達になってください・・」とでも言われたら、もう喜んで友達になるのだけれど。
まぁこれもバイタリティか。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-29 01:06

1月27日 仕事無き人々

今日は休日。

いつもの様に村を散策していると、空き家だと思っていた建物に沢山の子供たちが集まっているのを発見する。
空き家は実は学校だった。廃墟にしか見えないが、屋根と壁があるだけマシか。
ちょうど昼食時で、建物建物の前に子供たちが一列に並び、バケツに汲んだカレーを教師が取り分けていた。
学校の生徒は全部で30人程。男子が20人程で多い。
以前ここで書いたハッチホッチは州政府が定めた学校給食だが、今日はたまたま野菜のカレーであった。
子供たちの何人かは皿が足りないのかバナナの葉を代わりにして食べていた。
一度やってみたいな。

学校の先の橋で川を眺めていると、アヒルがやってきた。
アヒルは田畑の害虫駆除と卵の為に農家で飼われているようだ。
陸を歩くアヒルの姿は滑稽で、土手を転げ落ちる様にして水の中に入って行った。
動きを見る限り、どうやら今は毛づくろいの時間のようだ。
不格好な足と長い首を使って体中まんべんなく水を浴びせる。
意外と器用だ。
アヒルは二匹居たが、どちらも全く同じ動きを同時にシンクロナイズドスイミングの様に繰り返す。
なんだか目が回りそうだ。

今日は仕事は休みだが、研修のようなものが開かれたようだ。
近郊から何人かのインド人がやって来た。
マイクロファイナンスのセクターで働く意志があるようで、職員から説明を受けていた。
彼らと少し話す機会があった。
英語があまり喋れないようだったので、うまく意思疎通が出来なかったが、彼らの多くが教育を修了したにも拘らず職を得る事が出来なかった若者たちである、という事が解った。
滞在前半多くの村を訪問したが、大卒教師志望だったが試験にパスする事が出来ず職がない人や、22才と24才の息子がやはり大卒にも関わらず無職である家族など、若年層が無職である状況を良く目にした。
あるマーケットの元締めにインタビューする機会があり、「この地域で何が一番の問題か」と聞くと、若者の高い失業率だ、との答えが返って来た。70%近い失業率であるとの事だった。
高い失業率はインドが高い人口を持て余しているという事だが、その問題において一つ面白いと感じた事、それはNGOが雇用創出に一役買っているという事だ。
うまく表現出来ないが、NGOは他の職種と比べても給料が良く、日本でのNGOとは違った理由で若者たちの志望を集めている。
バングラデシュでは政府で働くよりもNGOで働きたいという人が多いと聞いた事がある。
ちょどそれと同じような事がこの地方でも起こっているようだ。

日本のNGOとインドのNGOはイメージが違う。おそらくマイクロファイナンスのような自立した経営が可能なタイプのNGOが多いからだろうが、寄付で成り立つNGOよりパワフルだ。
舌足らずな表現だが、上からの管理ではなく、NGOの様な市民の力による下からの発展は今までにない新しいタイプの社会を作り出すような気もする。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-28 01:23

1月26日 闇医者とエイズ 中沢新一って誰だ

インドの新聞を読んでいるとエイズに関する記事を良く目にする。
ここ農村部からエイズは遥か遠くの事のように感じるが、記事を読む限りではすぐそこに迫っているようだ。
それにしてもエイズはどのようにして広がって行くのだろうか。
記事によると土地から土地へと移動する労働者が鍵らしい。
そういえば以前州から州へ渡り歩き、祭りの装飾をするパンデルという職業について書いたが、もしパンデルの中にエイズ感染者が存在した場合、広がる可能性は想像しやすいかもしれない。
あまりしっかりとした知識がないが、確かエイズは血液でも感染するはず。
土地から土地へ移動する労働者は貧困層に多い。記事には、医者にかかる費用のない労働者が闇医者に行き、注射針の再利用などから感染するケースが多いと書いてあった。なるほど。

この記事は二つの点において興味を引いた。
一つは貧困層の医療サービスに対するアクセス。
もう一つは日本の開発プロジェクト、特にインフラ整備についてだ。

以前日記で、オフィスの管理をする職員に薬品を分ける事がある、と書いた。
先日再度職員が薬品を求めて自分を訪ねて来たが、薬品が残り少ない事から断らざるを得なかった。
なんともやりきれない気持ちになった。
NGO経営に関わる職員は大卒等比較的裕福な層出身の者が多いが、掃除夫といったオフィスを管理する職員は地元の農村から働きに来ている。それほど裕福ではない。
労働者と闇医者もそうだが、発展途上国の末端における医療に対するアクセスは大きな問題であると思う。
特に貧困層は医療に対するアクセスに重大な障害があるのでは無いだろうか。
正直医学も薬学もよくわからんが、流通の分野でなら関わって行く事ができるかもしれない。医薬品への貧困層のアクセス。イケそう。
ちょっと化学もやっとこうかな。

日本の政府としての国際協力はインフラ整備の分野が多い。開発コンサルタントと呼ばれる人間も、建設系の会社が多いような気がする。理由は知らない。
ここ西ベンガル州では大規模な電力設備の整備が日本の主導で行われた。
確かタイとかでは橋を作ったりしているはず。
技術的な協力、設計とかは日本人がする事になるが、肉体労働は当たり前だが現地の人間が雇われる。
雇用創出は良い事だが、上記の闇医者の問題を考えると少し注意が必要になってくるような気がする。
日本の税金で国際協力を行う以上、国益の事を全く考えないのはなんともすっきりしない。この部分については結論がでない。
ただ、インフラが本当にそこに住む人のためになっているかどうかは、国益の問題とは独立して存在する事だと思う。
ならば、日本が橋を造って、そこの橋を造る労働者を介してエイズが広がってしまったらこれは最悪だ。
開発プロジェクトとしてインフラを建築する以上、そこで働く労働者の医療に対するアクセスも考慮に入れて、プロジェクトを行う必要があるだろう。

そう言う事を午前中思った。

昼、ママ氏に資金を確保した事を知らせに行く。
時間が限られている事から次の行動を確認する。が、ここでママ氏から一言。
「リーダーの許可をとってきてくれ」
トイレを立てる事自体に反対の理由は無いが、職員としての立場上外回りをする際はリーダーの許可が必要だとの事。
なるほど、通常の職務外の所で動いてもらっているのだから当然か。
という訳で俺が許可をもらいに行く事に。

リーダーは忙しいので道で待ち伏せする。歩きながら許可を取ってしまうつもりだ。
すぐにリーダーが通りがかった。俺を見て少し驚いた様子。何でだ?
何故そんなににらんでいるのか、との事。ああ、そうか。確かに恐ろしい顔をしていた。
許可はすぐに出た。いつでもどこでも、ママ氏を連れて行ってかまわないとの事。

ママ氏にその旨を伝え、金曜日の9時半にシッディベリヤのバスストップへ行く事を確認。一つ目の候補となる。ちなみに明日は木曜日なので休日。

午後4時半、いつも通りトイレの現場へ。
実は昨日頭を剃った。もうお坊さんのような状態。
カルカッタの床屋に入ったのだが、短く短くと言っていたらアタッチメントなしでバリカンを使われてしまった。
まぁ髪の毛を洗うのが楽で良いので、それなりに満足してはいる。マッサージもしてもらったし。
が、農村部の人たちには奇異に映るらしく、子供達など俺が近くへ寄ると脱兎のごとく逃げて行く。
いつもはあっちに行ってくれと言ってもつきまとうくせに。

トイレはパイプとタンクがつながれ、内装も整えられ、かなり完成に近づいていた。
あとは屋根とドアをつければ良いだけではないだろうか。
家族が三人居たので名前を確認した。
母:ションダ
三女:ポ(プ)ノティ
四女:ミノティ
との事。ここに書いた以上もう覚えた。

海外では聖書をメモがわりに使うらしい。友人曰く、バイブルはそもそもそう言う
ものとの事。
ある人類学者は研究業績を全て聖書に書き来んでいたらしい。
それに習っている訳ではないが、俺の場合その時読んでいる本にメモを取る事がある。
今日は「チベットのモーツァルト」という本を読んでいたのだが、トイレの様子や工事の進行状況、家族の名前、エイズと医薬品についてなど、本にかき込んだメモを参照にこの日記を書いている。

「チベットのモーツァルト」は中沢新一とか言う人が書いた本だが、さっぱり知らない名前だ。父と母からクリスマスに送られて来た本だが、何故この本を送って来たのかなんの説明も無かった。一体どういう意図で送られて来たのだろうか。
読み終わってから考えよう。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-27 05:50

1月25日 爆砕した睾丸

カルカッタへ行きルピーを確保した。
手数料が千円程かかってしまったが、これは自腹で。

毎回カルカッタへ行くと少し気分が沈むが、今日はカルカッタへ行く前から気分が沈んだ。
リクシャーでオフィス最寄りのロキカンタプル駅へ行くと、待ち構えていたかのように若い女性の物乞いが俺に取り付いた。
この界隈で物乞いを見たのは初めてだ。物乞いは電車の中や観光地に集まる。
物乞いに対する対応は難しい。以前バングラデシュへ行って以来悩み続けているがまだ結論が出ない。
少しでも進歩があるとすれば、今は少なくとも彼らと正直に向き合おうとしている所か。
バングラデシュでは彼らを直視する事すら出来なかった。マーケットで物乞いの群れにぐるりと囲まれ、どこまでもどこまでもトイレに行く時もついてくる彼らに俺は空を見上げる事しか出来なかった。空には物乞いはいなかった。

まだ若そうだったので今回はお金をあげない事にしようと思ったのだが、駅の構内までついてくる彼女に根負けして財布を開いてしまった。
すると次から次へと物乞いが集まって来た。やけただれた顔の女性、乾いた乳児を抱えた子供、人人人。一体駅のどこにいたのだろうか。
囲まれてどうする事も出来ず、日本語で俺にはどうすることも出来ないすまん、とつい口走る。当然日本語は通じない。
そこで知り合いの職員が偶然通りかかり、助けてくれた。

物乞いの輪から離れると今度は子犬が死んでいた。
以前来た時は生きていたような気がする。子犬は沢山いるからわからないが。
インドの野犬たちは劣悪な環境の中で暮らしている。
弱いものから死んで行くのはしょうが無い事だが、やりきれない。
死体は線路に捨てられ、電車に頭部をつぶされてしまった。
後には首無し死体だけが残った。

電車の中でまどろんでいると肩をつつかれる。
老人が立っていた。席を譲ってくれと言う事らしい。
なるほど、と思い譲る。

カルカッタでの用事はすぐ済んだ。
すぐに帰るつもりだったが、腹が減ったので昼食を取る事にした。
前回はレストランに入ったが今日はお金を節約する為に屋台で食べた。
屋台は無茶苦茶安いし結構うまい。割と好きだ。今日は中華の屋台で食べた。
チャーハンとガーリックチキンを注文する。ガーリックチキンがエビチリみたいでうまかった。ネギらしきものが入っていて嬉しかった。田舎の市場では見かけない。
安いうまい、と申し分無いのだが、屋台で食べると物乞いと野良犬が集まってくる。
店主が凄まじい剣幕で怒鳴って追い払うが、なんとも微妙な気分になる。
野良犬の中に、陰嚢が爆砕してしまった犬がいた。肉があふれ、睾丸が露出している。体中が皮膚病で覆われ、背中の肌は破れ、めくれあがっている。
おそらく、じきにその生涯を終える事になるだろう。すでに死臭を発し、ハエがたかっている。
目を離す事が出来ずじっと見つめていると、犬は路地に消えて行った。不意にあたりの匂いが強烈に鼻を刺す。カルカッタは便所の匂いがする。生ゴミとアンモニア臭。死臭と便所の香りが混ざり合い、ガーリックチキンの赤いあんかけが突然犬の睾丸に見えた。口の中に信じられない味が広がる。
おもわず吐きそうになった。
しかし、口を押さえて無理矢理飲み込む。
エビチリの味を必死で思い出し、舌の感覚を取り戻し、味を元に戻す。
少し涙が出てしまった。情けない。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-27 05:47

1月24日 マーダー

朝起きるとなんだか腹がぎゅるごろと言っている。
不味い。すぐトイレだ。

今日は霧が立ちこめ比較的寒い。腹を冷やしてしまったようだ。
インドで腹を下す事は日常茶飯事だが、不衛生が原因となる事が多い。今日のようなケースは珍しい。
自分はどちらかと言うと腹が強い方だ。ある友人は到着から帰国までずっと下していた。
現在トイレを作っている都合上排泄物をよく目にするのだが、慣れているはずのインド人も結構腹の調子を崩す事が多いようだ。排泄物を観察すると解る。
汚い話しで申し訳ない。

今日はカルカッタへ行く予定だったがこの調子では無理。ちょっと無謀だ。
明日行こう。

昼食前、いつものように村を散策する。
今日は北に向かって歩いてみる。障害物も全部突っ切る。
北には広大な田畑が広がっていた。遙向こうにぽつんと森が見える。
まるで陸の孤島のようだ。今日はあそこまで行ってみよう。
田畑は乾き、牛が枯れ草を食べている。移動する牛の群れについてずんずん行く。
昨日は水田のあぜ道をまるであみだくじを辿る様に進んだ。数分前まで使えた道が農業用水で沈む事もあった。それに比べると遥かに楽だ。
群れの中に巨大な牛が居たので乗ってみようとしたが角で突かれた。
相変わらず人の排泄物が多い。トイレが家に無い以上こういった場所で用を足すのだろう。
30分程歩き森に辿り着いた。中へ続く小道から入る。
森の中には池があった。水を隠す様に木々が並んでいる。
もっと奥へ入ろうとすると突然後ろから声がかかる。
近所の子供だった。牛を見張っているのか。
挨拶をするとベンガル語でしきりに何か訴える。たまに片言の英語が混じる。
danger murder という単語は間違いなく聞き取れた。そしてNGOの方を指差す。
危険だから戻れ、と言っているのか。殺人?この池で誰か死んだのだろうか。
二人、二人と何度も繰り返し、死んだ、というジェスチャーをする。
よく解らないが近寄らない方が良さそうだ。
そのまま少年と一緒に帰る。
帰り道、少年の持ち牛を紹介してもらう。二頭いた。今度牛乳を飲ませてあげるとの事。それは良い。今日は腹の調子が悪いから無理だけど。

夕方、予定は無かったが一人でトイレの現場へ。惰性。
途中俺に向かってファットファットと叫ぶ子供に出会う。
デブ?悪口を言っているのか。
インドでは比較的太っている方が好まれるそうで(映画俳優を見ると顕著)、太っていると言われても褒められているのか馬鹿にされているのか判断がつかない。
とりあえず黙っている訳には行かないので子供を追いかける。子供はひたすら逃げるが俺も執念深く追いかける。全力疾走した。行き止まりまで追いつめると、そこに居た母親の後ろに隠れて泣き出してしまった。しまったやりすぎたか。
たまたまそこにアマン氏が居て、げらげら笑ってその場は終わった。

トイレの現場につくと家族は留守だった。
特に確認する事も無かったが、思いつきでトイレの周辺環境を観察する。
近くの薮に入ると人糞が落ちていた。ここでしているのか。
村には沢山の池があるが、水浴び場として使われる池には階段がついている。
それ以外の池は農業用水として使われる事が多いようだ。
家の周辺に階段のついた池は二つ。どちらもトイレから十分に離れている。
仮にタンクが破損しても水に混ざる事はないだろう。
トイレから最も近い池は階段がついていない。水草に覆われ渕も急なので大丈夫だとは思うが少し気になった。完成後インタビューをしてみようか。

近所の少年たちが家族を呼ぼうとするが、その必要は無いと引き止める。
仕事の邪魔はしない方がいいだろう。
何度も足を運んでみてあらためて良く解ったが、彼女達の生活は本当に貧しい。
村を担当する職員とその村出身の職員の話からもそれはよく解った。
未亡人が働きに出ているが仕事は月に10から15日程。一日の賃金は30〜40ルピー程だそうだ。
彼女達のように発展の恩恵にアクセスしづらい人々の生活は、どうしたら向上出来るのだろうか。
トイレを作った。だが、それだけだ。解らない、解らない。
名古屋大学に国際開発の院があるが、そこの授業のシラバスに「貧困に対する処方箋=マイクロファイナンス、で良いのか?」という項目があった。
俺は良くないと思う。マイクロファイナンス+α。αは何なのか。

ここ数日掃除夫たちと同じ時間に食事を取っているが、その場合自分で食器等を用意する事になる。それくらい自分でするのが当然なので、職員の手を煩わせなくて済む事を嬉しく思っていたが、自分がそうする事で食事を給仕する職員の仕事を奪っている事に気がついた。
今日その職員に何故いつもの場所で食べないのか、君の食事を用意するのは「私の仕事」なんだ。と強い口調で言われた。俺は軽卒だったのだろうか。

明日こそカルカッタへ行く。朝9時18分の電車で行こう。
日が暮れる前に帰って来たいな。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-25 00:11

1月23日 「出会い」と「もやもや」

昨夜、電話線が空くのを待っていたら、えらく夜更かしをしてしまった。
今朝の目覚めが悪かったのはそのせいか。

ここ最近村を一人で歩き回る事が多い。
足がしばらく使えなかった反動もあるが、「出会い」の面白さを求めている部分もある。
今日は途中で会った農民達にくっついて田植えを見に行った。
田圃のあぜ道はとても細く、俺の足の裏一つ分の幅しかない。なんども転びそうになった。
田圃を見ていると、二種類の田がある事に気付く。苗と苗の間隔に違いがある。一つは密度が高く、もう一つは通常の密度。
よく見ると、どうやら密度が高い方は苗そのものを種から育てているようだ。
密度の高い方から苗を抜き束にし、他の田に植えている。なるほど。

遙広がる田畑の広野に機械は見当たらない。田植えは全て人の手で行われる。
たくさんの日雇い労働者が列になり、一斉に植えている。かなり手間のかかる作業だ。

田圃の周りを歩くと、時々土の割れ目を見かける。
簡易トイレだろうか、明らかに牛や犬の物ではない糞便があった。
労働者達は一日全てを田圃ですごす。田畑にトイレ等無いから仕方の無い事だが、少々気になった。

帰り道、偶然ママ氏と会う。近くの雑貨屋でチャーイを飲んでいた。
思わず雑貨屋の主人にインタビューを開始する。滞在前半、職員と一緒にクライアントを廻っていた頃の癖だ。ママ氏とは農村を100件余り廻った。
客は一日何人?どれが一番売れるの?一日あたりの売り上げは?月収はいくら?
今思うと結構失礼な質問も多い。
日本人前人未到の地を行くと、恐ろしく沢山のインド人が集まってくる。
公衆の面前で月収を聞く事はちょっとやめた方が良かったかなぁ、と今更ながら思う。しかし最も重要な質問であったため、それでも聞くしか無かった。
今日は聞かなかったが。

雑貨屋の主人は絵がうまく、学校で使う教科書の挿絵を書いたりしているらしい。
原本を見せてくれた。一冊書きあげるごとに50ルピーの収入だそうだ。まさに副業。

午後、予定通りママ氏とトイレ現場へ。今日はセメントを乾かしていた。
まだ終わっていない部分、解決していない問題を確認し、対応を話し合う。
屋根をつける。ドアを取り付ける。地盤を補強する。タンクとパイプをつなげる。
この四つを終えて、トイレは完成する。
特に地盤は少し困った問題だったが、壁用のセメントとレンガが余ったので、追加費用をかける事無く補強する事ができそうだ。
このトイレに関しては、後は待つだけだ。
完成後は再びアマン氏と話し、詳細なコストを出してもらい、それで一つ目のトイレ設置は終わる。

帰り際、モンドゥル婦人に感謝される。感謝されてとても嬉しいが、その表情を見て胸に正体の解らない「もやもや」が生じた。
正体が解らないと書いたが、おぼろげながら輪郭は見える。
俺はたぶん「本当にこれで良かったのか?」と思っている。
今日はまだこの事については書かない。トイレが完成した日に全て書く。

さて、二つ目のトイレを作るにあたって、再びルピーを確保する必要がある。
そのためにはカルカッタへ行かなければならない。
ああ、ちょっとイヤだ。でも、たぶん明日行く事になると思う。
時間はそれほど無い。

娘たちに再び名前を聞いた。今日は一人しか居なかったが、彼女はプノティと言うらしい。今度こそ覚えた。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-25 00:11

1月22日 解らない言葉

昨日の牛肉がまだもたれている。少し腹の調子も下り気味だ。
まさか食べ過ぎでお腹を壊す日が来るとは。盲点だった。

腹の調子が悪く全体的に活力ない。気分転換が必要。
朝、足のチェックを兼ねて散歩に行く。いつもと違う道へ進んでみる。
トイレを設置しているラムロチャンプル村と真逆へ進んでみた。
田圃の用水路にそって歩いていると、投網漁をしている親子と出会った。
網を引き上げると、小さな魚とエビがかかっている。
滞在前半期、様々なマーケットを廻ったが、朝と昼と夜でまったく違う物が売りに出されていた。魚は比較的朝に多い。朝5時くらい。
となると、この魚は自分達で食べる物だろうか。

漁を見ていると、近所の子供たちが学校から帰って来た。
この道は通学路だった。そのまま一緒に帰る。
先日、名前は何?と何度も聞かれた。学校の英語の授業でちょうど習ったらしい。
今日は両親の名前は何?だった。何十回も答えるはめになった。
しきりに本を指して、my name is bookと言うので、this is a bookのが正しいという事を教える。なんとか解ってもらえた、と思う。
その本は英語の教科書だった。内容的に俺でも教えられそうだ。
暇な日に彼ら子供たちについて、学校を訪問してみるのも良いかもしれない。
以前行った際は、子供の多さと教師の少なさに愕然とした。
その時は少ししか居る事が出来なかったので、今度は一日居てみるのも良いかもしれない。
そういえば、漁をしていた子供は学校に行っていないのだろうか。

最近、貧困層の家に一、二日滞在してみたいと思っている。
もの凄く独りよがりな思いつきで、貧困層の家族にしてみればえらく迷惑な話だとは思うが、その必要性を強く感じる。
おそらく泊まる事はスペース的に無理なので、日帰りになってしまうだろうが、軒先に突っ立って彼らの生活を見ているだけでも良いので、出来ればやってみたい。さらに可能ならば、彼らと同じ物を食べてみたい。トイレの事が一段落したら、ママ氏に相談してみよう。

今日はトイレの現場へママ氏と行く予定だったが、緊急のミーティングが入ってしまったため、今日も一人で行く事にした。
道を歩いていると、いつもは職員に遠慮して話しかけてこない村人たちに声をかけられる。
コッタイアチェン、バリコッタイ、など「どこへ行くの?」という質問が多い。
ラムロチャンプルのモンドゥル氏の家に行くんだよ。
簡単な質問なら良いが、まったく解らない事を話しかけてくる事も多い。
今日も小学生くらいの女の子二人が、俺に何か話しかけて来たが、バングラブジナ(ベンガル語わからない)と答えるしかなかった。
やけに熱心に話しかけて来たが、落胆させてしまった。なんだか申し訳ない。

現場に着くと、偶然職員と会ったので一緒に見に行く。彼はわずかだが英語が喋れる。
トイレは昨日とあまり変わっていなかった。
話を聞くと、タンクに使う縦穴用のコンクリートが足りないらしい。
なるほど。明日ママ氏と一緒にくる事は確実なので、その時までに話をつけておこう。

なんとなく足が疲れたので、しばらくそこで休ませてもらう事にした。
娘たちに名前を聞いたのだが、情けない事に忘れてしまった。
自分は名前を覚える事が少し苦手だ。その為にいつもメモを持ち歩いているのだが、今日は持ってくるのを忘れてしまった。
インドに来る直前、いつも愛用している手帳のリフィルを、見開きに一週間の予定が書き込めるものに変えた。
今までは見開きの左側に一日の予定を、右側をメモとして使えるリフィルを使っていた。その分枚数が増えてしまうので、軽量化できる見開き一週間の物に変えたのだが、これは失敗だった。
自分が今いるようなフィールドでは、メモの必要性が圧倒的に高い。
多少かさばっても、沢山かき込むスペースのある物を持ってくるべきだった。
いまさら言っても仕方無い事だが。
名前は明日もう一度聞いてみよう。

もうトイレは完成しそうだ。ママ氏とも次のトイレについて話し始めている。
今度は公衆便所だ。
まずはバスストップをいくつか廻って、周囲の住民の反応を見る事から始める事になるだろう。

夕食後、職員に牛肉を食べに行かないかと誘われる。どうやらイスラム教の祭りが今日も続いているらしい。
いつもなら喜んでついて行く所だが、今日は腹の調子が悪く、また夕食も済ませてしまったため、今日だけは遠慮する事にした。
以前腹を下した状態でフィールドに行き、帰ってくると同時に倒れた事がある。
抵抗力が弱まっていたのだろうか。それ以来腹の調子が悪い時の行動には慎重になっている。

誘ってくれた職員は全員ヒンドゥーだった。面白いものだ。
以前カルカッタから来た老人に、インドの政治家について聞いた事がある。
彼らは牛を食べない。都市部に住み、高いカーストであればある程戒律に忠実に生きると言う。都市部で牛肉が売っている店を捜す事は難しい。裏道等を捜さなければならない。
農村部では、牛を食べないという戒律は絶対的な物ではないようだ。おそらくこれは、食料に選り好みが出来る状態にあるかないかの問題ではないかと思う。
その老人の話によると、彼ら政治家達は牛を食べる農村部の人間を忌避しているという。
その老人との会話は最初から最後まで政治家の悪口しか無かった。その話の流れで語られた事なので、真偽の程は定かではない。
VSSU(ウチのNGO)には70人程の職員がいるが、牛を食べる職員もいれば、食べない職員もいる。
多くの職員とマーケットを廻ったが、ムスリムのマーケットを廻る事もあった。
ムスリムのマーケットには軒先で牛肉を煮ている食堂が沢山あるが、それを見た職員の反応も様々だった。
デリーから出向して来た職員は、明らかに不快感をあらわにした。
村に土着して働いている下っ端の職員は、自分は牛も食べる、と俺に宣言した。
これは偏見かもしれないが、VSSUの管理職にある職員は比較的牛肉を忌避しているように感じる。ベジタリアンもいる。
あくまで、そう感じた、そう思った、そう見えた、という推測の域を出ない物ではあるが。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-23 04:29

1月21日 屠殺

昨日はシステムの都合上ブログを更新する事が出来なかった。
時差的に無理。

足の調子がかなり良い。それにしても、この半月あまり色々な怪我に見舞われた。
ここに書いてない物もある。一つは足首の怪我。もう一つはものもらい。
怪我をする度に対処法を覚えるので、同じへまはしない。
もうほとんど怪我をする所はないので大丈夫だろう。

朝、そこら中をぐるぐる歩く。足のチェックをする。
足や肘をかばいながら歩いていたため、歩き方がおかしくなっていた。
後ろ向きに歩いたり、裸足で歩いたり、その場で足踏みをしたり、すり足をしてみる。徐々にしっくりした歩き方になる。
しかし、ちょっと目立ちすぎた。気がつくとインド人に囲まれていた。
少し足が腫れて来たので、井戸水で冷やす。

昼、徒歩でトイレ現場へ。なんとなく今日は一人で行ってみた。
道を歩いていると、クリケットのラケットを持った若者の一団とすれ違う。
何故か俺の方を見て笑っている。完全にすれ違った後、俺に向かって何か叫んでいる。一体何を言っているのだろうか。妙に挑発的に感じる。
以前職員と一緒に居る時、同じような事があった。その時は職員が非常に立腹し、彼らに向かって怒鳴っていた。何を言っているのかと聞くと、これは農村部の悪い文化だ教育がないんだ許してやってくれ、と言われる。どういう事だろうか。
俺の実家は比較的田舎にあるが、街を歩くと結構沢山不良を見かける。彼らは街にやってきた外国人労働者をからかっていた。それと同じような事だろうか。
インドに来てしばらくの間は、国際交流だぜ、みたいな考えが頭の隅にあり、多少人間関係に難しさを感じても、ぐっと我慢してこらえていた。
しかし、日が経つにつれ、それはむしろ逆効果と思うようになった。それ以来、むかついたらムカついたと言い、気に入らないなら気に入らねぇと言い、良いと感じたら最高だぜと言い、無視したい時はむすっとした顔をした。すると、却って人間関係がスムーズに行くようになった。インド人の友達減っちゃうかな、と思ったがかえって増えた。気がつくと、日本に居る時と全く同じように振る舞い、人と付き合っている自分を発見した。
この正直さを同じように発揮するなら、俺は彼ら若者の一団を追いかけて、なめるなよ、てめぇ、とでも言わなければならない。言葉は通じなくても、怒っている事くらいは解るだろう。よし、行こう。今行こう。
もうほとんど若者たちの方へ走り始めたとき、ふと立ち止まる。彼らの言っている事は俺には解らない。俺の勘違いだったらどうするのだ。もし、彼らの言っている事が俺に対して全く悪気の無い物だったら、これは偉い事だ。よし止めよう。すぐ止めよう。
ということで、今日は拳をおさめた。
異文化交流における正直さと寛容さのバランスが難しい。(今回は俺の性急さに問題があったためあまり関係ないが)背後に文化の存在を感じる物事に対しては、正直さを発揮するのを躊躇する。

現場に着くと、トイレのほとんどが出来上がっていた。あとはパイプとタンクをつなぐだけのように見える。あ、屋根が未だ無い。
家の娘たちと一緒に見ていると、何かをしきりに訴えられる。
しかし言葉がさっぱり解らない。生活に必要な単語やフレーズはちょっとくらいなら知っているが、これは明らかにその範疇を超えている。
トイレのパイプと屋根について言っているのだろうか?しまった、やはりママ氏を連れてくるべきだった。
俺だけではちょっと無理なので、帰って話し合ってみるという事を身振り手振りを交えて伝える。これはなんとか伝わったようだ。
娘たちに手を振って帰り道を行くと、トイレに使うレンガを運ぶ労働者がバンリクシャーに乗ってやって来た。
自転車は?と聞くのでない、と答える。今日は徒歩。すると、乗れと言われる。
ポケットの中身を全部裏返して見せて、金ねぇよ、と伝える。ティグ、アチェ。(かまわない。タダで良いよ)ジェスチャーで、俺重いよ、と伝えると、アチャ(良いよ)との事。
というわけで快適な帰り道となった。

オフィスに着くとママ氏が居たので早速娘たちの事を話す。
実際に聞いてみないと解らないが、もしかしたら何か足りない物があったのかもしれない。その場合追加コストがかかる。その分を払うかどうかは完全に君の決断次第だ、との事。
なるほど。
昨日、母からメールがあり、新たに4000円寄付が増えた。
合計4万円を超え、金銭的余裕はそれなりにある。
とりあえず、問題ないだろう。少なくとも屋根はつけたい。

夕方、アマル氏(正確にはアマン氏だった)の家へ行く。牛肉を求めて、ムスリムの祭りへ出る。
移動手段はバイクだった。二人乗り。ヘルメットが無い。少しビビる。
一緒に行く職員が、なんだビビっているのか、と言う。なんだと。なめやがって。めらめらと燃え上がる闘争心。すぐに飛び乗る。
走り出すと、凄まじいスピードが出る。道がでこぼこしていて、死ぬ程怖い。蛇行運転。曲がる時はスピードをゼロ近くまで落とすので、一応気を使ってはくれているようだが。
危なくねぇ?と聞くと、大丈夫だよ車もこんなに小さいし、と言われる。いや、小さいからこそ危ないはずだが。
大昔、暴走族の友人に連れられバイクの後ろに乗った経験がある。が、その時とはスピードが違う。シャレにならない。彼は暴走族だったが、安全運転だった。
しかし、乗っているうちに慣れてしまった。曲がる時はうまく尻に力を入れれば良い。景色も素晴らしいし、風も気持ちがいい。楽しくなって来た。
でも、こういう感覚の時が一番危ないのかもしれない。今日で最後にしよう。

6キロ程走り、アマン氏の家に着く。
おそらく屠殺からやるのでは、と少し期待していたがもう終わってしまったようだ。巨大な牛の角が頭頂部の毛ごと天井ににぶら下がっていた。所々に血がこびりついているが、したたり落ちては来ない。なんとなく、村上春樹を思い出す。猫の尾をひゅうんひゅうんと振る加納マルタはここには居ないが。
牛は一頭8000ルピーらしい。日本円でちょうど二万円。貧困層は月1000ルピー程で5人以上の家族を養っている。これはとても高い値段だ。祭りのために、アマン氏が村を代表して購入したとの事。細かく切り分け、村人たちに分け与えている。
ところどころに電信棒が立ち、てっぺんにスピーカーがくくりつけられている。大音量でコーランが流れる。なるほど、確かにこれはイスラムの村だ。服装も微妙に違う。空気も、そう雰囲気もなんだか違うな。人と人の間の敷居が低いような気がする。

料理を待つ間、職員と希少動物保護について話す。世界中どこでもそうだが、インドには希少動物が特に沢山居る。国は保護をしているようだが、保護機構が腐敗してしまっているようで、監視している働き手が金欲しさに密猟者と内通していたりするらしい。困った物だ。
こういった組織が必然的に腐敗するのか、そうでないのか俺には解らない。そこに結論が出ない限り、組織そのものを否定する気にはならない。
アマン氏の部屋に鹿の絵が飾ってあった。鹿も希少動物として保護されている。職員によると、鹿の肉はとてもうまいらしい。

話題が変わって、イスラムとヒンドゥーの話になる。彼の話によると、一昔前までイスラムとヒンドゥーの関係は本当にひどかったらしい。同じ家で食事をするなんて、あり得ない事だった、との事。何故そんなに悪かったのかと聞くと、それは時間が経った今思うと、教団上層部の思惑に自分たちが踊らされていたのではないかと思うとの事。正確には聞けなかったが、イスラムとヒンドゥーで別の国を建てる事は、それぞれの権力者にとって大きな利益をもたらす事だったそうだ。
さらに、何故今は比較的良い関係を保っているのかと聞くと、それはやはり教育による所が大きいとの事。なるほど。以前ユーゴスラビアを訪れた際、民族の融和を図る教育を地道に推進するNGOを見たが、なんとも気の遠くなる作業に思えた。しかし、このインドの実例を見ると、そのような平和構築の試みにも希望が持てる。
しかし教育という物は凄い。悪用したらとんでもない事になりそうだ。もし教科書に両信者の悪い点を書き続けたら、インド人は永久に対立と殺し合いを続けたかもしれない。
インドのケースは同じ国の中の事だから出来た事なのでは、とも思う。教科書の記述には国益も絡む。他国間ではなかなか難しそうだ。

そんな事を話していると、待ちに待った牛肉がやってきた。
これは牛肉の食べれる箇所全てをじっくり煮込んだもつ鍋のような物だろうか。
香りからして、ニンニクとショウガ、そしてありとあらゆるスパイスが入っているようだ。
実に良い匂いだ。食欲をそそる。
食べてみると、これが実にうまい。こんなパワフルな味は初めてだ。牛のうまみを全て凝縮したような、なんとも豊かな味。
柔らかい肉、歯ごたえのある肉、内蔵各部、ありとあらゆる箇所を同時に味わう事が出来る。
一緒に出たチャパティで肉をくるんで食べると、またうまい。
あっという間に皿が空になる。すると、アマン氏が大鍋を抱えてやって来る。おかわりはいくらでも、との事。む、どうしようか、と思っていると、食べれないなら良いよ、胃袋が小さいんだな、とアマン氏。なんだと、なめやがって。めらめらと燃え上がる闘争心。
結局死ぬ程食ってしまった。息が苦しい。

腹が張って苦しい帰り道、イスラム教徒の生活と貧困について話す。
職員によると、平均的にムスリムの生活水準は低いと言う。彼らは様々な戒律を守って生活しているが、そう言った事も影響しているのかもしれない、との事。
彼によると、個人の利益を目的とした商売はあまりよくない、みたいな事がコーランのかなり最初の方に書いてあるらしい。もしそれが本当で、彼らがそれを遵守しているならば、確かに貧困に陥りやすいかもしれない。以前、トイレの共有がムスリムコミュニティでは成功しやすいと書いたが、共同体意識の強さはコーランによる物かもしれない。
貧困とテロが結びついている、みたいなフレーズを目にした事があるが、いまいちピンと来なかった。不満が結びついているのかな、くらいしか思いつかなかったが、この流れで結びついているとするのならば、少し納得出来るかもしれない。

話は変わって、道路の話になる。
今走っている道路は比較的整備された道路だが、あと二・三ヶ月もしたらすぐ穴だらけになる、との事。なんだそれは、確かこの道路はつい最近整備されたはずだが。
何故、と聞くと、建設が杜撰なんだと言う。技術的問題と金銭的問題、そして人材的問題もあると言う。
もし今俺が金を持っていて、道路を整備する為に金を使っても穴だらけになったのではしょうがない。やはり、技術協力は重要なのだろうか。

最近、きれいな水等の資源や、トイレなどの共有システムに興味が出て来た。特に貧困層がアクセスする際に障害となる物を可能な限り消す為にはどうしたら良いのだろうか。
NGOでの滞在を初めて以来、貧困層とNGOとの関係を見て来たが、貧困層へのアクセス、貧困層からのアクセス、開発の対象とならない貧困層を対象とする為にはどうしたら良いのか等、「貧困層と〜」は興味を絞る上で重要なキーワードになるような気がする。
とはいえ、まだまとめるには早すぎるか。
[PR]
by kakasi0907 | 2005-01-22 03:28