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2月27日 俺

間違いないのは、「これおかしくねぇ?」「いったいなぜそうなるんだ?」に「じゃあどうしたらいいんだ?」という問いかけが加わったという事。

大きな問題が一つ。日本へ帰った後の住居だ。3月4日に都内にある寮の入寮試験を受ける。面接だ。留学生の多い寮で、面接ではインドでの体験を多いに語る事が出来ると思う。受ける前から勝ったつもりで居る迂闊さが恐ろしいが、受かるような気がする。落ちたら落ちたでまた新しい場所を探す。
問題は、その寮が4月1日からしか入居出来ないという事だ。実家に帰れば良いのだが、両親に今のいい流れを崩すな、家に帰って来たらだらけるだろ、と言われた。要するに帰って来るな、という意味なのだが。
一理ある。東京には友人が多い。やはり、今の自分にとって必要なのは、ゆっくりと休める空間ではなく、体験を共有する友人であると思う。その為には東京に居るのが都合が良い。
しかし、どうすれば良いのか。4月1日までどこで過すか。ウィークリーマンションでも捜すか。

昨夜、部屋を空けた際電気を消し忘れ、窓を閉め忘れた。部屋に戻ると部屋は惨憺たる有様となっていた。それはもう、虫だらけ。
いつも、寝床には蚊遣り網を吊るすのだが、これだけ虫が居ると余り役に立たない。特に小さな虫は網をすり抜ける。そして小さな虫に限って、血を吸う能力を持っている。
剛胆にも一度は熟睡したが、体中のかゆみで早朝目が覚めた。とりあえず部屋の中の虫はほとんど居なくなっていたので、布団と網を外ではたき、シャワーを浴びる。体中がボコボコだ。さっぱりして、もう一度寝る。

奇妙な夢を見た。何か建物の中で爆発が起こるシーンから始まる。どこか外国だったと思う。たぶん途上国。友人と俺が一緒に居て、爆発に飲み込まれて友人と離ればなれになった。数年後、テレビを見ていると、孤児院に関する番組がやっていた。その孤児院の建物から下半身と片腕を失った友人が現れ、教師をやっている、というようなインタビューを受けていた。ああ、あれは俺の友人だ、とその孤児院にすぐさま向う。孤児院は駅前にあった。どう考えても武蔵境駅。もうすぐ武蔵境駅、という時にその友人が駅の階段を上がって行くのが見えた。俺は、俺だ、と自分の名前を叫び、友人の名前を叫んだが、友人は電車に乗ってどこか遠くへ行ってしまった。駅の前でうなだれていると、何故かそこには後輩たちが酒盛りをしていて、インフルエンザにかかりました、と俺に言い、駅前のバスに乗る。バスは何故か別の友人が運転していて、インフルエンザにかかった後輩が吐き気を催すと、俺は窓を開けて外に向って吐け、という。すると、バスを運転していた友人が駄目だやめろ、と言う。が時既に遅く、後輩は吐瀉し、風に巻上げられた吐瀉物がバスの上に開いていた窓から俺の顔に霧吹きのようにかかったところで目が覚めた。
何故か、起きた瞬間イチゴイチエ、とつぶやいた。意味が分からないが、人生が掛替えの無いものに思えた。そして唐突に、吐瀉物は俺の手で受け止めれば良かったか、と思った。

朝、シッディベリヤに向う。トイレに色が塗られ、完成した。
予想していた通り、管理と清掃に関する問題が勃発していた。チャーイ屋の前で激論が始まる。なかなか纏まらない話し合いの中で、俺はひたすらシェアリングシェアリング、と叫び続ける事に。
紆余曲折の末、毎月始めにショップキーパーから合計100ルピーほど徴収し、管理と清掃の費用に充てる事になった。ショップキーパーは沢山居るため、個々人の負担額は小さい。元々ママ氏と俺でこうなると良い、と話していた通りのものになった。
問題は徴収の方法だが、幸いVSSUはマイクロファイナンスのNGOであり、クライアントから金を徴収する事に関してはプロフェッショナルだ。VSSUではモチベーターと呼ばれるそれぞれの地方出身の職員が、特定の地方のお金の回収を行っている。この地方を担当してる職員が、クライアントからの預金融資と同時に回収してくれる事になった。マイクロファイナンスのシステムは、様々な領域で応用が利きそうだ。更に言えば、マイクロファイナンスのNGOが社会開発にも取り組めば、より効率的に開発を行えるかもしれない。共有はお金の徴収が命、かも。

完成したトイレに様々な小物を取り揃える。水瓶、バケツ、小バケツなど。全てシッディベリヤの店から無料で提供された。
トイレの写真をアップする。見てもらいたい。色を塗って少し汚くなったかもしれない。インド人のセンスはよくわからない。

午後、幼稚園のトイレに行く。様々な点でシッディベリヤを上回る出来だ。特に壁が違う。写真をアップ出来れば判りやすいのだが、今日は無理。
費用はシッディベリヤと比べて安いのに、何故こちらの方が出来が良いのか。それは先ず第一に職人の質が高い、との事。シッディベリヤでは地元の職人を雇ったが、今回はNGOお抱えの職人がやってきた。明らかに腕が良い。アマン氏が率いる職人達だ。
また、アマン氏からの個人的な寄贈により、様々な資材が無料で手に入った。近くで別の工事をやっているらしく、そこの工事現場からいくつか持って来たらしい。
壁が綺麗な分少し薄いが凄く良いデキだ。技術と材料でここまで違うのか。
トイレは作る度に、より良いものになって行く。様々な点でよりスムーズに、より効率よく行える様になるからだろうか。俺自身の能力も同じ様に上がって行くと良いのだが。

明日には完成しているだろう、との事。明日は写真をアップしたい。

明日と明後日でインド滞在記は最後となる。
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by kakasi0907 | 2005-02-28 03:32

2月26日 自分

問題意識とは、何だろうか。文字通り、俺が「これおかしくねぇ?」「いったいなぜそうなるんだ?」とか思っている事だろうか。
ならば俺は、やはり「貧困」という現象から自分を切り離して考える事が出来ない。海を超えた遥か遠くの国に、比較にならないくらい貧しい生活を送る家族が居る。働き手は死に、娘は学校へ行けず、日々の食にも事欠き、生活に必要なものの多くが欠如している。
自分の体から距離的に遠く、テレビ画面の向こうの出来事として知り、今そのものに肉薄してもファンタジーの世界にいるかのような錯覚を引き起こすこの現象。それでいて、間違いなく自分の住む世界の延長線上に歴然と存在するこの現象。おそらく足下にある薄皮をはがしたそのすぐ下に隠されているこの現象。自分の生活を成り立たせているもののうち何か一つが壊れただけで、あっけなく自分の回りにも現出するかもしれないこの現象。産まれという偶然にもろくも左右されるこの現象。間違いなく人の人としてある為の、何か大切なものを損なうこの現象。

「これおかしくねぇ?」「いったいなぜそうなるんだ?」という想いはある。

しかし、俺はこの現象にどう関わって行きたいのだろうか。貧困について分析したいのか。貧困に関わり、貧困を解決したいのか。貧困に付随する様々な現象について分析したいのか。付随する現象そのものを解決したいのか。

もともと、そういう想いはあった。それはたぶん、大学1年の終わりにバングラデシュへ行った頃から。そんな感覚に突き動かされて、大学3年から休学しインドに来る事になった。2年間で受けた授業の内容も多分に影響している。

余談だが、貧困は暴力的で、人の意に反して不自由な状態である事を強いる。それは戦争に似ている。一年の夏にユーゴスラビアに行った。ぼろぼろの町並みと、ビルの銃創に鳥が巣を作っていたサラエボ。ベオグラードには爆撃で無惨に破壊された大使館があった。難民の人々は住む家を失い、(元々の家には罠が仕掛けてあった)バラックと配給の不自由さの中に生き、友人が写真を撮ろうとしたら激高した。そう言った意味で、ユーゴスラビアも、バングラデシュも、今のインドも、全て繋がっているのかもしれない。

この6ヶ月。俺は間違いなくこの胸の中にあるもやもやとした「問題意識」のようなものに突き動かされて来た。今、その問題意識を可能な限り整理し、文章として纏めたいと思う。その為にはこの6ヶ月間自分がどういう想いで、何をして来たのかを整理し直す必要がある。明日の日記でやる。

11時45分、ママ氏の家へ行く。クルピ、というマーケットにあった。ママ氏の実家ではなく、息子が学校へ行く為に使うアパートであるという。
クルピへは一度行った事が有ると言う。おかしな表現だが、俺はマーケットの名前をはっきりと覚えていない。ただ、一人の職員が俺と一緒に行った事がある、と言っていた。
それなりにオフィスから距離があるためバイクで行く。ノンヘル、ノンライセンス、スピード制限無しのないない尽くしだが、いい加減慣れてしまった。慣れて来た辺りが一番危ない、とも言うのでしっかり体を固定したが。
クルピマーケットはごみごみした街で、インドの平均的な街と同じくゴミであふれ、下水はしっかりと処理されていなかった。農村とは違う類の臭いがキツいが、これももう慣れてしまった。ほとんど何も感じない。鼻が麻痺してしまったかと言うと、そうでもないが。
インドに着いた日に案内されたホームスティ先と同じような所へ案内される。一見すると廃ビルの様だがこれがインドのスタンダード。少しじめじめ。それにしても、インドの水回りの事情には少々慣れない。排水設備が整っていなさすぎる。普通の部屋一つにホースや瓶を置いて、壁に穴をあけて排水溝とし、部屋一面水浸しにして水を使っている。
料理はうまかった。骨の少ない山羊肉のカレーに異常に大きなエビのカレー。グリーンピースの緑が綺麗な黄色いダルスープ。唐辛子の利いたオムレツに様々な野菜の素揚げ。マンゴーの甘いカレーという変わり種も。どれもこれも、あまりにも美味しかった。言葉の表現は必要なく、がつがつと食べる俺の姿に、ママ氏も奥さんも喜んでくれた。

明日はシッディベリヤのトイレが完成する。写真を撮るが、電池が心配だ。
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by kakasi0907 | 2005-02-27 21:31

2月25日 緑

(『』内はすべてノルウェイの森から)
『僕は笑いはしなかったけれどあやうく椅子から転げ落ちそうになった。』

という一節を読み村上春樹にも若い頃があったのか、と思った。当たり前の事だが。読んでいて俺が椅子からずり落ちそうになった。どうでも良い事ではあるが。

『うちの親戚ってみんな大病して苦しみ抜いて死ぬのよ。死ぬまでに凄く時間がかかるわけ。最後の方は生きているのか死んでいるのかそれさえわからないくらい。残ってる意識と言えば痛みと苦しみだけ。』
『私が怖いのはね、そういうタイプの死なのよ。ゆっくりゆっくりと死の影が生命の領域を浸食して、気がついたら薄暗くてなにも見えなくなっていて、まわりの人も私の事を生者よりは死者に近いと考えているような、そういう状況なのよ。そんなのって嫌よ。絶対に耐えられないわ、私。』

肉が土に還り、いきものに喰われ分解されて行くまでに、堪え難い苦しみが待っているのならば、俺はそれを怖れざるを得ない。死では無く、死の前の苦しみを怖れる自分はなんとなく奇妙だが、心のどこかで苦しみ無く死んで行ける事を望んでいる。これは正しい事だろうか。
母親に苦痛を与えながらこの世に生まれ出づる人という肉にとって、死の前の苦しみも生の一部として不可欠なものなのかもしれない。
死についてある一定の理解に小指の先が引っかかった感があるが、俺が今一番怖れているものは生の一部としての死ではなく、生の過程そのものだ。
自然な事だとは思うけれども。

今日はベットの上でじっとしていた。朝起きると体に力が入らなかった。この半月程慢性的に睡眠不足だった。今日まとめて寝る。
市場の公衆トイレに比べて、幼稚園のトイレは問題が少ない。市場のトイレが後は完成を待つのみとなった今、俺の仕事は激減した。だから寝ていても問題は無い。
そろそろ荷物を整理しなければならない。友人から借りた本が沢山有るが、持って帰るのが難しい。置いて行っても良いかメールを送ったが反応がない。困った。

明日はママ氏の家に昼食を食べに行く。楽しみだが少しだけ心配でもある。別れ、というものはとても難しい。

ベッドの中で、そろそろ自分の問題意識を整理する必要があると思った。
明日以降はおそらく問題意識に関する文章となると思う。この6ヶ月弱自分がやって来た事を振り返る事から始めようと思う。
社会疫学、という分野が気になって気になって仕方が無い。「不平等が健康を損なう」という本が有る。訳書だが読んでみたい。

社会疫学とは,健康の社会的決定因子(social determinants of health)を研究する分野である。治療技術の進歩や病気の遺伝子レベルの原因解明が健康に寄与するのは間違いないが。それだけが健康を決定するわけではない。貧困や所得格差などの社会的決定因子もまた健康に強く影響を与えるのである。

との事。以上引用。
最初から答えが用意されているようで、問題意識を整理する事の意義が損なわれる気もするが、とにかく気になっているものは仕方が無い。が、全く関係ない分野に問題意識が向く可能性は十分にある。貧困は本当に幅広い現象だ。すこし表現がおかしいか。

26、27、28が過ぎれば、もう3月1日だ。時の流れの早さに愕然とする。全く同じ速度でこの先の人生が過ぎ去って行くのだとしたらそれは幸福なのか不幸なのか。

追記:夕食を摂っている最中ママ氏がやって来た。明日は11:45にバイクで来てくれとの事。職員が送ってくれる。
「自分は貧乏だから大したもてなしはできないがいいか?」と聞かれ、「そんな事は決して気にしない」と答えた。俺もママ氏も少し悲しげな顔だったと思う。
帰って行くママ氏の背に「俺は招待されてとてもハッピーですよ」と叫ぶ。
明日は絶対に笑顔を絶やさない。そう思った。
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by kakasi0907 | 2005-02-26 00:12

2月24日 トイレほぼ完成

朝9時半シッディベリヤへ。もう、なにも問題は無い。
トイレはほぼ完成していた。ドアと屋根が取り付けられ、あとは色を塗るのみ。
小さいトイレだが、これ一つ建てるのに6ヶ月の時が必要だった。そう思うとなんとも感慨深い。多くの人々に国籍を超えて助けられ、なんとかかんとかここまでやって来た。感謝してもし足りない。

トイレの正面に石板のようなものが貼付けてある。ベンガル語で何かが書かれているが読めない。これは何か?
マーケットの人々、NGOの職員、近隣の村人達からのプレゼントだった。
このトイレが日本の人々の協力によって作られたものであるという事、そして、プレートの真ん中に俺の名前が刻まれていた。
少し恥ずかしい。値段は500ルピー程で、もう一枚あるそうだ。幼稚園のトイレに取り付けると言う。最貧困層の月収より多い。あまりにも尊い。
恥ずかしいけれども、嬉しかった。

これからはトイレがどう使われるか、管理されるかを考えなければならない。
が、少しの間だけ完成のよろこびに浸りたいと思う。

トイレを写真に写そうとしたら、電池が切れた。なんというタイミングの悪さ。
近隣で電池を売っている店を見つけ、早速入れ替えるが、なんと電源を入れて数秒で切れてしまった。
うへぇ。インドの電池はマジ偉い事だ。なんとかかんとか一枚撮るが、PCに取り込めない。残念だ。

午後、幼稚園へ行く。工事が本格的に始まっていた。
もともと存在する校舎に増築される形でトイレ小屋を建築する。一部校舎の壁を利用する事が出来るため、費用が少し減る。
大勢の子供達に囲まれ写真を撮ろうとするが、一枚撮った所で完全に沈黙。
インドの電池では二枚が限度の様だ。
明日以降は大量に電池を買い込んで物量作戦に出るしか無いか。
少なくとも後二枚は撮らなくてはならない。
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by kakasi0907 | 2005-02-25 00:07

永沢

相反する極端な特質。
優しく底意地が悪く、高貴で俗物。人々を率いて楽天的にどんどん前に進んで行きながら、心は孤独に陰鬱な泥沼の中でのたうつ。その人なりの地獄。

孤独に陰鬱な泥の中でのたうつ。それはまるで。
思い上がりか。
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by kakasi0907 | 2005-02-24 16:40

キズキ

深刻になる事は必ずしも真実に近づく事と同義ではない。
しかし死はやはり深刻な事実。息苦しい背反性の中で限りのない堂々巡り。
生のまっただ中で、何もかもが死を中心にして回転していた。
(ノルウェイの森から)

言葉にしても想いはコトリと落ちはしない。かな?
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by kakasi0907 | 2005-02-24 16:34

ノルウェイの森

を、読み始める。窓の向こうにシマリス。
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by kakasi0907 | 2005-02-24 16:27

2月23日 休日?

昨日日本が朝マックの時間まで起きていた。当然寝起きは最悪。
坊主なのに寝癖がつけば、首は寝違えシャツは半脱ぎ。扇風機を付けっぱなしで寝た為少し風邪気味だ。ふらふらと朝食を取る。
今日は休日、と思ったら騙されていた。ママ氏の勘違いだった。
ガラガラのはずのオフィスが職員で一杯だ。はは、参った。
特に予定を組んでいなかったので微妙な一日になった。

午前中は起きて朝食を食べただけ。午後、気を取り直しママ氏と費用に関して詰める。決算がずらーっとベンガル語で出て来た。ママ氏に対訳してもらう。
ここに載せようと思ったが断念。多すぎる。ひとつ言える事は、シッディベリヤとNGOの資金協力がなかったら無理だった、という事だ。土地もそうだが、労働力を無料で多く提供してもらった。

夕方幼稚園のトイレを見に行く。レンガが運び込まれていた。本格的な施工は明日から始まるようだ。
幼稚園のある村を歩くと、様々な人に声をかけられる。好意的なものが多い。
すれ違うとベンガル語で村人同士が話している内容が少し耳に入る。
パイカナ、とはベンガル語でトイレの事だと思う。NGOの名前とジャパニーズ、という単語が繰り返し使われる。どうも最近微妙にだがベンガル語を覚えて来た気がする。なんとなく言っている事が理解出来る。

明日はやはり朝からシッディベリヤへ行く。いよいよ完成か。
今日見たリストにペンキ代が含まれていたから(NGOが出してくれた)たぶん今までとは違った写真をアップ出来るはず。
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by kakasi0907 | 2005-02-24 01:51

2月22日 せいめいのよろこび、ばくはつ

朝9時半、ママ氏と共にシッディベリヤへ。もはや日課だ。
道中ママ氏に昼食へ誘われる。27日。日本へ発つ2日前だ。快諾する。
ポリオの話になる。インドではポリオワクチンが義務化されていないのだろうか。そこかしこにポリオ特有の枯れ木のような手足をした人々が存在する。
以前訪れたブッダガヤーでは、ブッダが悟りを開いた菩提樹の付近に大量の物乞いが集まっていたが、その多くがポリオにより働く事が出来ず地をはう様にして生きる人々だった。(足が動かぬものは文字通り地を這っていた)
この話は以前もした。なぜ、再びポリオの話をママ氏は持ち出したのだろうか。
27日には、ママ氏の家族を紹介してくれるという。息子が二人、そして奥さん。奥さんは、政府のポリオ対策組織の一員との事。なるほど、そういう事か。
予防医学、公衆衛生、そう言ったものには非常に興味がある。是非、話を聞いてみたい。

シッディベリヤに到着すると、小便器と大便器が設置されていた。いよいよトイレらしくなって来た。大便器の方はパイプでタンクにつながれ、もう使用可能な状態だ。
今日明日でドアと屋根を取り付け、仕上げる。2日程余裕を見ておいてくれとの事。2日後には確実に完成する。
今日は特に争いは起こらなかった。もう、ほとんど完成したも同然だからだろうか。安心して見ていられる。
心無しか市場の人々が俺にフレンドリーだ。最初は一体何を作っているんだろうかと見ていた人々も、公衆便所であるという事を認識し始めたようだ。
今までは組合の人間とマーケットの有力者、一部のショップキーパー達しか、俺がマーケットにやって来る理由を知らなかったのかもしれない。しきりに、あのトイレは日本からの資金協力で出来たものだ、と様々な人間が話し合っている。

トイレを建設した業者と費用に関して詰める。小便器を設置した事によって、何をどうやっても労働者に払うコストがオーバーする。俺からはもう逆立ちしても資金は出ないため、VSSU(ウチのNGO)とマーケットの住民が更に資金を供出する事になった。理想的。

いつも橋の所に居た乞食の老婆と、足に怪我をした子犬の姿が見えない。どうしたのだろうか。
ぱりっとした学校の制服を着た少女が鞄を教科書ではち切れんばかりにして歩くその横を、山のようなわらを頭に乗せぼろぼろの衣に身を包んだ少女がうんうん言いながら歩いて行く。たぶん二人は同い年だ。
ぼろを纏った少女はえい、とばかりに重いわらを道の脇に投げ落とすと、飛び上がらんばかりに身を反動させた。体はしなやかに躍動し、何かが内側から弾けだすかのようだった。解放の喜びか。あまりに美しい。
遥か遠くまで続く道の向こうから吹く風が、俺の体を涼しく軽やかに包み込み、舞い上がった黄緑色の木の葉が俺の目の前を通り過ぎると、俺はその葉の葉脈まで見る事が出来た。
ふいにあたりが明るくなったような気がした。
市場を行く人々の体、いきもののニクに、生命があふれている。リクシャをこぐ若者、鶏を屠る少女、屠られる鶏、よろよろと歩く野良犬、すべて。
俺の体の中から、何か声がする。ニクが爆発する様に何かを語りかける。これは、そう、「生きろ」と言っているのか。

産まれ出る時の絶叫を、産む時の母の涙を、超えるような爆発的な生を、俺は味わう事が出来るだろうか。
死と生は表裏一体ならば、死ぬ時に味わうのかもしれない。

オフィスに戻り、昼寝をして起きると、あたりは薄暗くなり始めていた。
空っぽの頭の中に、言いようの無い恐怖が満ちる。無意識に、以前マーケットの闇の中で感じた不安を思い起こしたのかもしれない。
怖い。ドアを開けて、外に走り出ると、そこには、夕日があった。
美しい夕焼け。
俺は何を恐れていた?死を恐れていたのか、いや違う。俺は不安そのものを恐れていた。絶望そのものを恐れていたのだ。
笑ってしまう。まさに、死に至る病それはゼツボウという訳か。
笑ってしまう。ならば、失せろ、マーラーよ。
おれは絶望も不安も快楽も喜びも感動も否定しない。それらは全て同じものだ。
それらは全てこのニクの生み出す生命の爆発だ。

午後5時、幼稚園に向う。トイレ設置作業をチェックしに行く。
幼稚園に辿り着くと、もう既に貯蓄タンク用の穴が掘り終わっていた。深い穴。
もうあたりは薄暗くなりつつ有るのに、子供達が地面に絵を描いて遊んでいる。
子供達の安全を考えてか、深い穴は鉄板で塞がれていた。安全。
明日はインドの休日のため、工事は明後日から再開との事。時間が余りないが、アマン氏の好意により作業員を同額で倍増員してくれるとの事。おそらく間に合う。
心配なのはデジカメのバッテリーだ。単3電池で稼働するが、替えが無い。農村部では電池の入手が少し難しそうだ。バッテリーはあと三分の一ほど。

明日は休日か。何をするか。
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by kakasi0907 | 2005-02-23 00:00

アップし忘れ

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by kakasi0907 | 2005-02-22 01:12