1月30日

就職活動をしている。

やはりJICAを第一希望にする。
OB訪問のためにメールを送ろうとしたが、OBの所属先がわからず少し戸惑う。
メールを送る際は相手の肩書き所属先まで省略せずに書く必要があるらしい。
とりあえず就職課へ行き名簿で調べる。
OB訪問は重要だと思う。どこかにOBはいないか。

自分は、貧困削減にかかわりたいという思いを強く持っている。
この想いがいったいどこから生じたものか判らずここ最近思い悩んでいた。
この想いを持ち始めたのは何時ごろからだろうか?バングラデシュの体験が思い当たる。

大学の先生の誘いでバングラデシュへ行った。
そのころの自分は可能な限り幅広い体験を求める一般的な大学生だった。
生きる目標、この目的のためなら、あるいはこの規範のためなら命をかけていいと思えるようなものを捜し求めていた。

バングラデシュ二日目、自分は車に乗っている時、体中を病に侵された男が車に近づいてきて、窓から手を入れて物乞いを始めた。自分は窓を閉め、手を締め出し目をそらし彼らを見ないようにした。
車はマーケットに向かい、ほどなく到着した。マーケットはものごいの人々であふれ、自分は彼らに囲まれた。一人は干からびた赤子を抱えた女性だった。ぼろぼろの衣服を身にまとっていた。自分は彼女たちにお金を払わなかった。彼女たちはどこまでもついてきて、最終的に自分は空を見上げて、彼女たちを視界に入れないようにした。
自分は自分自身と彼ら物乞いの人々、体験に衝撃を受けた。

帰国後、気がつくと自分は貧困削減に関わりたいという想いを強くしていた。
全てに何故の目を向ける必要がある。

①何故車の窓を閉め、目をそらし男を見ないようにしたのか。
まず、男の姿に衝撃を受けた。男の体は、大小のぶつぶつで覆われていた。また、その男の目が印象に残っている。暗い目をしていた。旅行の主催NGOの職員が、物乞いにお金をあげることはやめろと言われていた。一つには、お金をあげる事で、物乞いは一時的に貧しくなくなるが、彼を貧困たらしめている根本的な原因が解決されない限り、結局彼は貧困状態から抜け出すことができないからだ、と。また、物乞いをしている限り、貧困から抜け出すことは出来ないからだ(お金をあげれば、また物乞いする)、と理解していた。自分はそれに従い、お金をあげることはできないと伝えた。しかし、彼はあきらめず自分にお金を求めた。自分は耐え切れなくなって、窓を閉め目をそらし男を見ないようにした。しかし、それはお金を求める男を振り切るためではなかったように思う。たぶん、自分は男の姿が見るに耐えなかった。

②何故男の姿が見るに耐えなかったのか?
とにかく、哀れだった。ぼろぼろの服を着て、本当に毎日物乞いをしているんだな、という感じがした。彼の前に将来が開かれていないような気がした。幸福の尺度はわからないが、自分が幸福と感じるようなことを彼はできない、と感じた。目が、本当に耐えられなかった。なんというか、希望が感じられなかった。誇りもなかった。人がこのような姿になりえるということが信じられなかった。男がかわいそうだったし、自分や、自分の親、自分の親しい人がこうなってしまったらどうしよう、と思った。そして、自分は男をどうすることもできなかった。助ける能力を持っていなかった。
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# by kakasi0907 | 2006-01-30 23:31

12月30日 実家

自己分析をしていると、不思議な気分になる。
過去を振り返り自分史を作っていくと、ひとつながりのストーリーが出来上がる。
キャラクターである自分は、ストーリーに書かれた個性と、ストーリーに書かれた興味を持ち職を選ぶ。
描き出す中で形作られた自分は、果たして今現実ここ居る自分と同じ個性を持ち、同じ興味を持っているのだろうか。
理想通りの興味と個性を入力されたキャラクターを操作しながら、就職活動というゲームをやっているような、そんな気分になる。
自分という存在をうつろに感じて、からだを触れて確認したくなる。
歴史を解釈して、今を作り上げるこの作業は、果たして信用してもいいものなのだろうか?

就職活動をしている。今は答えを出せない。自己分析を続ける。
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# by kakasi0907 | 2005-12-31 05:21

7月21日 閉塞感

最近の自分は、駄々を捏ねている子供のようだ。
思いどおりに行かない現実を拗ねた目で見つめ、誰かが手を差し伸べてくれる事を期待している。自分より優れた人間に身の丈を離れた評価を下してもらいたいだけなのかもしれない。
この閉塞感はどこから産まれてくるのか?

インドの記憶は今も鮮烈に残っている。脳裏に浮かぶ全ての情景が、今日本に居る自分の肉体を駆り立てる。
途上国の貧困に関する問題意識は強く自分の行動を牽引し、紆余曲折を経ながら、結局前進している。ここに閉塞感はない。問題はそれ以外の全てか。
以前は問題意識がそこにあり、それに沿って自分が生きてさえ居れば満足だった。いまはもう、違う。

いま戻って来たかつていた場所が楽しくないならば、自分は一体どこに行けば良いのか。
問題意識に沿って生きる自分は次ステップに進み、それ以外の自分は古い場所に置き去りにされている。

自分の中に、抑圧された感情があるとき、自分は文字を打ち込みだす。
自分の中の憤りを、文字に託して吐き出す自分は少しイヤだ。
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# by kakasi0907 | 2005-07-21 15:14

4月2日 駅弁

昨夜メールで妹と会話した。八王子に居たらしい。自分は三鷹に居た。
妹は友人と一緒に居たようで、その友人と間接的に会話をした。彼女もしくは彼は少しオタクっぽい子だった。ネット上の怖いゲームについて盛り上がった。
正直言って怖い話は苦手だが、インドに発つ前「学校であった怖い話」というSFCのソフトをやり込んだ事がある。後輩達と異常な程に盛り上がり、部室のPCにかじりついていた。
インドに発つ前という事で精神的に少し不安定だったのかもしれない。

今は、どうだろうか。インドに渡ってからしばらくの間、夜のオフィスが怖かった。
恐い話の中に出て来た化け物が闇の中に潜んでいるようで。
数ヶ月もすると、化け物よりも人間・人生そのものが恐ろしく感じる様になった。
目を閉じたり、暗闇の中に居たり、人ごみの中に居ても、狂おしい怖れを感じた。
何でも打ち明ける事の出来る友人がインドには居なかった。

今は、また暗闇の化け物が少し怖い。人生はそれほど恐ろしくないかもしれない。
また突然恐ろしさが溢れ出す事が無いとは言い切れないけれど。

祖母が俺の父母の家に向うという事で、東京駅まで見送りに行った。
衰えた祖母の姿を見て、人生そのものを恐れる感情が心のどこかに確かに存在するという事を感じた。インドを発つ前は無理に目を背けるだけだった。今は、少し違う。
何かもっと、落ち着いて暖かいような。

祖母が駅弁を二つ買って持たせてくれた。イカめしと牛肉弁当だった。
持ち帰って部室で食べた。
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# by kakasi0907 | 2005-04-03 15:30

4月1日 就職

友人の就職先が決まった。大手経営コンサルだった。素晴らしい。
自分の事では無いのにとても嬉しくなった。不思議だ。取り合えず寿司を喰いに行った。
昔は寿司がそれほど好きでは無かった。全てにおいて質より量を考えていたのかもしれない。
回転寿司だが友人と二人で美味しく食べた。
あとは最も世話になった友人に内定が出るのを待つ。彼に内定が出なければ意味が無い。

インドに行く前は就職の事を考えると夜も眠れない自分が居たが、今はそんな事も無い。
どん、と大きく構える自分が居る。良い事か悪い事か判らないが、少なくとも深刻になる事がベストでは無い。
以前よりも弛緩と緊張が激しく別れる様になった気がする。

後輩達が万博に行った。いつもは人であふれる部室も今日はガラガラだった。少し寂しい。
俺はどこまで輪に入って行けばいいのだろうか。俺は行きたくないとクールに言える後輩がうらやましい。
万博にさほど興味は無いのだけれど、一緒に行けば良かったかなと思う自分が居る。

今日買った漫画の絵と後書きの文字が昔好きだった子のものに似ていて、ついプロフィールを調べてしまった。
全くの別人だった。少し恥ずかしい。

昨夜寒さで眠れなかったので、掛け布団を調達した。今も布団をかぶって書いている。
高い天井を見上げると隅が薄暗く、温度の低い寂しさを感じる。
ここ一月そばに友人が居る生活を続けたからだろうか。
テレビが無い生活も自分にとっては苦痛ではないが、今は孤独を紛らわす為にその存在を渇望している。

ある物語に、中学生の友人達の輪が一人また一人と欠けて行く描写があった。それぞれが想う人を見つけその人の元へ赴いて行く。「俺達と食べるより楽しい相手が居るんだろ」
寂しさと美しさを感じた。

学校の図書館が開いたので本を借りた。貧困現象に関するものと、公衆衛生に関するもの。
表紙の写真を見て、何か叫びたくなった。
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# by kakasi0907 | 2005-04-02 09:24

3月31日 腹

飯を食べ過ぎて、呼吸困難に陥った。
ばかばかしい程に胃袋に食べ物を詰め込むと、3秒間の吸い込みが1秒しか出来なくなる。
さらに喘息で気管支が狭まると、酸素が足りなくなりわけの判らない事を考える様になる。
家のない状態で病気になる事を怖れてはいたが、最後の最後で油断してしまった。
友人の家に泊めてもらう約束をしておいてよかった。

今日から部屋に入る事が出来る。凄く安心だ。
とりあえず、掛け布団を一枚調達しよう。

学園祭実行委員会の友人達に髪を切ってもらった。
全員素人で行き当たりばったりに切ったため大変な事になった。
もはや手遅れというところで、友人が近くのドンキでバリカンを買って来た。
でこぼこだった髪はあっさり平らになり、驚く程普通の髪型になった。
最初からバリカンで、いや、楽しかったから良いか。
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# by kakasi0907 | 2005-03-31 17:39

3月29日 学園祭実行委員会の部屋から

壁の向こうから、野太い男の声が無理やりハモっている。メインのメロディーよりも、男声の方が極端に大きく聞こえてしまっている。どこの劇団だろうか、少しうるさい。
ここ最近寝泊りこそしないが、常に学園祭実行委員会の部室にいる。
インドからそのまま持ち帰った衣類等の生活用品を置きっぱなしにし、まさに生活の拠点としている。
身勝手な話だが近所迷惑とでも言えばいいのだろうか。

帰国以来ホームレスを続けてきたが、今日ようやく住む部屋が決まった。
以前寮の試験を受けたと書いたが、恥ずかしいことに落ちた。すげぇ恥ずかしい。
新居は大学から程近く、家賃は23500円。電気ガス水道代金込み。キッチンはガスコンロ。
近い上に安いが、風呂無し。大学のシャワーが利用出来る上、銭湯に通ったとしても圧倒的に安い事を考えると、特に問題はないかな。
大家さんは年配の一人暮らしで、建物の二階部分に住んでいる。

両親との連絡が稀薄になっている。住む所が安定せず、落ち着いて電話をかけれる空間が存在しない事が原因だ。部屋を決める上での連絡はほとんどメールで行った。
面と向ってコミュニケーションをとる事の出来ないモノは嫌いだが、部屋を捜すという作業にメールは向いていると感じた。

学園祭実行委員会には幾つかの局があり、それぞれに長が居る。
定期的に全ての長と委員長が集まってミーティングを行う。
このミーティングは部室とは違った部屋で行われる。
自分もインドに発つ前の一年間、このミーティングに出ていた。
その頃はミーティングに出る事が義務だった。
今年はミーティングに出席する事は義務ではない、そして、必要でもない。
出ようと思えば出れるし、出たくないと思えば全く出る必要性は生じない。

出る事が義務だった頃は全く感じる事のなかった断絶を今感じる。
学園祭実行委員会の仕事の中心も遊びの中心も、人の中心も全て会議に移る。
委員会で本当に楽しみたいのならば会議に出る必要がある。
しかし、俺は以前長だったから知っているが、出る事が義務である側は会議が可能な限り早く終わる事を望んでいる。時間が進み、刻限が近づくにつれて無口になって行く。
そして、人が集まれば集まる程、会議はより時間がかかるモノになる。
あちらがわはあちらがわでまとまり、こちらがわはこちらがわで?
難しすぎる。
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# by kakasi0907 | 2005-03-30 10:14

更新停止?

4月1日から部屋に入れるので、そしたらまた更新する。
1日にあった事を書き記す事は、あまり心地よくはないけれど必要な事であると思う。
逆にネットという媒体を使って、人目にさらす事は心地よい緊張感があっていい。
インドに滞在していた頃のように書けるとは思わないが、等身大の心の震えを書けたら良いと思う。

帰国以来、知人の家を転々としている。ある時は友人のところに、またある時は大学の先生の所に。
迷惑をかけて申し訳ないと思う気持ちと、好意を素直に受け入れたいと想う気持ちがあいまいに心の中に存在し、今まで見た事のない自分を発見する。ありのままを求められているのに、微妙に繕おうとする自分がいる。不思議だ。

インドと比べてしまうのはおかしいかもしれないが、家をもたないインド人と海外からの旅人を隔てるものは間違いなく金だが、日本においては様々な設備が壁の構成要素としての金の役割を小さくしている。
泊まる所無く夜をふらついていると強く認識する。体は休まらずとも暖かくしのげる場所はいくらでもある。生活に必要な設備は公園に行けば全てそろう。

家を持たず転々とする生活は貴重な体験。体に負担はかかるが。
もし今風邪を引いたら、と思うとおそろしくなる。が、友人達が助けてくれるかもしれない。
様々な足下の薄皮が自分と弱肉強食の世界を隔てている。

友人知人の暖かさに感謝したい。死ぬ程。
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# by kakasi0907 | 2005-03-28 12:38

大相撲

魁皇の小手投げは恐ろしすぎる。脇と腕と肉に挟まれて行き場を無くした肘関節が、ばきりぼきりと音を立てて砕ける事と、顔面から土俵の土に突っ込む事の二択を強制する。見ていて寒気がする。かけられた方はもっとシャレにならないだろうが。
敢闘賞確実の若手力士が、自分の肉がコワされないかどうかを心配する。
なんとまぁ、冷々しく恐ろしく素晴らしい。

そんな魁皇の肉が衰えて行く。力士の調子は肉のハリで判る。皮に翳りとたるみが目立つ様になり、足が前に出なくなった。

腕力は、比較的衰えが遅い気がする。小手投げはまだまだ健在だ。しかし小手投げが増えれば増えるほど魁皇は終わりに近づいていく。
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# by kakasi0907 | 2005-03-14 02:20

カンサンジュン

過酷な生活と栄養不足、劣悪な衛生状態が、免疫系のメカニズムをを破壊し、「発症」の引き金になったに違いない。
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# by kakasi0907 | 2005-03-13 12:28