2月6日② 1月31日 改訂

純粋に、自分は生きていることが楽しいようだ。
絶望したり、苦悩したり、失敗したり、喜んだり、病気にかかったり。ネガティブな事と、ポジティブな事が起こりまくる生そのものが楽しいようだ。
また、親しい人大切な人と一緒にいたいと願う心、彼らが幸せであってほしいと思う心がある。

そんな世界が自分は好きだ。親しい人々が幸せに生き、すべての人間が生そのものを楽しむ事のできる世界を守りたいと思う。

貧困状態にある人々は、生を楽しむ事ができるだろうか。わからない。ひとついえる事は、彼らの場合、生の楽しみを追求するための手段が、貧困状態にない人々と比べてはるかに限られているという事だ。

自分は、貧困削減にかかわりたいという思いを強く持っている。
この想いがいったいどこから生じたものか判らずここ最近思い悩んでいた。
この想いを持ち始めたのは何時ごろからだろうか?バングラデシュの体験が思い当たる。

大学の先生の誘いでバングラデシュへ行った。
そのころの自分は可能な限り幅広い体験を求める一般的な大学生だった。
生きる目標、この目的のためなら、あるいはこの規範のためなら命をかけていいと思えるようなものを捜し求めていた。

バングラデシュ二日目、自分は車に乗っている時、体中を病に侵された男が車に近づいてきて、窓から手を入れて物乞いを始めた。自分は窓を閉め、手を締め出し目をそらし彼らを見ないようにした。
車はマーケットに向かい、ほどなく到着した。マーケットはものごいの人々であふれ、自分は彼らに囲まれた。一人は干からびた赤子を抱えた女性だった。ぼろぼろの衣服を身にまとっていた。自分は彼女たちにお金を払わなかった。彼女たちはどこまでもついてきて、最終的に自分は空を見上げて、彼女たちを視界に入れないようにした。
自分は自分自身と彼ら物乞いの人々、体験に衝撃を受けた。

帰国後、気がつくと自分は貧困削減に関わりたいという想いを強くしていた。
全てに何故の目を向ける必要がある。

①何故車の窓を閉め、目をそらし男を見ないようにしたのか。
まず、男の姿に衝撃を受けた。男の体は、大小のぶつぶつで覆われていた。また、その男の目が印象に残っている。暗い目をしていた。旅行の主催NGOの職員が、物乞いにお金をあげることはやめろと言われていた。一つには、お金をあげる事で、物乞いは一時的に貧しくなくなるが、彼を貧困たらしめている根本的な原因が解決されない限り、結局彼は貧困状態から抜け出すことができないからだ、と。また、物乞いをしている限り、貧困から抜け出すことは出来ないからだ(お金をあげれば、また物乞いする)、と理解していた。自分はそれに従い、お金をあげることはできないと伝えた。しかし、彼はあきらめず自分にお金を求めた。自分は耐え切れなくなって、窓を閉め目をそらし男を見ないようにした。しかし、それはお金を求める男を振り切るためではなかったように思う。たぶん、自分は男の姿が見るに耐えなかった。

②何故男の姿が見るに耐えなかったのか?
とにかく、哀れだった。ぼろぼろの服を着て、本当に毎日物乞いをしているんだな、という感じがした。彼の前に将来が開かれていないような気がした。幸福の尺度はわからないが、自分が幸福と感じるようなことを彼はできない、と感じた。目が、本当に耐えられなかった。なんというか、希望が感じられなかった。誇りもなかった。人がこのような姿になりえるということが信じられなかった。男がかわいそうだったし、自分や、自分の親、自分の親しい人がこうなってしまったらどうしよう、と思った。そして、自分は男をどうすることもできなかった。助ける能力を持っていなかった。

③なぜ自分はマーケットで空を見上げたのか?
物乞いの女性が見るに耐えなかった。だから目をそらしたが、どこまでも視界に入ってきた。だから空を見上げた。②と同じように、自分はこのような人々が存在するという事が本当に耐えられなかった。

④なぜ自分は衝撃を受けたのか?
生の喜び、楽しみを追求する事のできない人々がこの世には存在する、という事。自分や自分の親しい人々も、容易にこの状態に陥りうるという事。この現実から目をそらそうとする自分。その自分に嫌悪感を覚えている自分。心のどこかでNGO職員を偽善者だと思っていた自分と、現実から目をそらそうとする偽善者以下の自分。

⑤なぜ自分は親しい人の幸せを、他人と呼べる人まで広げようとするのだろうか。
たぶん、自分は他人と親しい人々に線を引く事ができない。
うまくいえないが、線を引く事が本当にできない。

自分は、自分の生きている理由として、この世で生きていることが楽しいという事を挙げる。また、同時に、親しい人大切な人が幸せである事を願っている。
バングラデシュの体験の中で、生の喜び、楽しみを追求する手段を著しく奪われている(ように見える)人々の存在を知った。同時に、自分たち、自分の親しい人々も、そのような状態に容易に陥りうると思った。また、同時に自分は”自分”と”他人”と”親しい人々”の間に線を引く事ができない、と感じている。
だから自分は、自分と自分の親しい人々、他人、つまりすべての人間が、生の喜び、楽しみを追求する手段を十分に持ち、楽しく幸せに生きていくことができる世界を作りたいと思った。

この思いが、貧困削減に関わりたいという想いを形作っているのだと思う。
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by kakasi0907 | 2006-02-06 06:41


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